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藍色のカメラ
彼女が東京に旅立ってから、三年が過ぎた。
最初は互いに連絡を取り合っていたが、次第にその回数は少なくなり、私は自分の生活をそれなりに楽しんでいた。
もちろん、彼女も私との思い出を片隅に、自分の人生を楽しんでいる事だろう。
私は大学四年生となり就職活動に精を出していた。
周りの友人は、県外に出るのは嫌だと言い地元に残るかと思えば、早く東京に行きたいという人も多く、学校内は賑わっていた。
私は前者の方で、地元を離れ都会で生活するのは少し気が引ける。
彼女との約束も忘れ、地元の企業を狙い就職活動をしている私に、彼女から連絡があった。
誕生日おめでとう。
彼女は連絡取り合わなくなった今でも私の事を覚えていてくれた。
私はそのことが嬉しく、久しぶりにやり取りをした。
彼女は今、東京で仕事を続けているが仕事に疲れているらしい。
働くというのは、自分が思っているよりも大変なのだろう。
私は彼女を励まし、自分も就職活動をしていることを伝えた。
彼女からは、あなたも東京に来るの? と聞かれたが、私は地元で仕事を探していると答えた。
そう、頑張ってね。
彼女からの返信を確認すると画面を閉じた。
大学四年生の秋、私は東京に就職が決まった。
本当であれば地元で就職をしたかったが、地元での就職が叶わずに東京へ行くこととなった。
東京への就職が決まり、私は彼女へすぐに連絡をした。
彼女からは、
そう、頑張ってね。
と返事があった。
春になり東京に向かう前日、私はまた彼女に連絡をした。
私も明日から東京で生活をする。
久しぶりに会おう。
彼女はきっと驚くだろう。
私はそんな期待をした。
しかし、彼女からの返信は来なかった。
私は彼女から返信が来なかった事などすぐに忘れ、東京へと旅立った。
新しい土地での生活、期待と不安が胸を満たした。
社会人としての自覚を身につけながら、日々、一生懸命仕事に取り組んだ。
新しい生活に少し慣れた社会人一年目の夏、私は久しぶりに彼女に連絡をした。
画面には、最後のやり取りとなった私の文字が表示されている。
東京に来て五ヶ月が経ったけど、楓は元気にしてる?
私はそう打ち込むと画面を閉じた。
しばらくして、ポケットから着信音が流れた。
彼女からだった。
私は通話ボタンを押すと、
「本当に東京に行ったんだね。でもね、私は去年の秋、地元への転勤が決まってもう東京にはいないんだ」
と彼女は言った。
私はすぐに言葉が出なかった。
それなら何故その時に教えてくれなかったのか聞くと、彼女は、
「多分あなたは、あの日の約束をもう忘れてしまったんだろうなと思って」
と細い声で言った。
彼女だけが、あの日の約束を覚えていた。
私は何も言わず彼女の話を聞いていると、彼女は、
「それと、私ね、結婚するんだ」
と言った。
部屋の片隅に置かれた藍色のカメラは、もう二度と二人を写すことは無いのだろう。
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