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投資
「人を……生き返らせることができる?」
真っ暗な部屋の中、カルサは力なく驚きの声を出した。
その声にはまだ、幼さが感じられる。
「うん。私がここにいるのはね、その力を、溜めるためなの」
舌足らずな話し方の少女は、暗闇に慣れた目でカルサを見ながら言う。
「なんで……こんな痛い思いまでして力を溜めてるんだよ」
「だから、人を生き返らせるためだよ」
「へえ。それで? 今のところ何百人救えるんだ?」
「そんなに救えないよ。せいぜい十人とかじゃないかな」
「……あんなに、血を流したのに?」
「生と死は、同じ質量でもイコールじゃないんだよ。死をなかったことにするには、それを何倍にも上回る生命エネルギーが必要なの」
「なんだそれ。生命エネルギーが必要なのに、なんで死ななきゃなんねえんだよ」
「死ぬことができるってことはね、生きている証なんだよ。生と死は同価値じゃないけど、表裏一体なんだよ」
「……お前、俺より年下なのに、随分と賢い話し方をするな」
「何歳なの?」
「今年で八になる」
「じゃあ、同い年だよ」
「……悪かった」
「気にしない。見た目の成長が遅いのは自覚してるから」
広いのか狭いのか分からない、照明のない部屋。
そこには、カルサとその少女しかいない。
「なんで、こんなに頑張ってんだ? 大切な人が、死んでしまったのか? そんなに大勢?」
カルサの質問に、少女が困ったように笑う。
「大切な人かは、分からないけど、かけがえのない人たちだよ」
「どういうことだ?」
「さあ……。私も、よく分からない」
「なんでだよ」
「兄様が言ってただけだから」
「……兄様?」
「うん。私の兄様は、未来を知ってるの」
「へー」
「信じてないでしょ」
「いきなり言われてもな」
「でも、私は兄様を信じてる。と言うより、兄様の言っていたことが本当になってしまったら、信じなかった今の自分を、きっと恨むことになる」
「その兄様の言っていたことって?」
「戦争が起こる」
「そんなの、珍しくねえよ」
「それが、どうやら普通の戦争じゃないらしいよ」
「と言うと?」
「それは分からない。兄様、どうしてか詳しくは教えてくれない」
「へえ」
「でも、人が、沢山死ぬって。これだけは教えてくれた」
「戦争なんだから、当たり前だろ」
「どこの国の人も、助からないかもしれないって。地球から、一人残らずいなくなるかもしれないって」
「なんだそれ。大袈裟だな」
「本当に、大袈裟なだけならいいけど……」
少女は終始、真剣な声色で言う。
「兄様の顔、本当に絶望していた。私にこんなことを頼むくらい、深刻な状況なんだよ」
「なっ、お前の兄貴、このこと知ってたのか!? しかも頼むって、どういうことだよ」
「そのままの意味だよ。なんでも、これから出会う私の最愛の人ために、私は力を大量に使う時が来るみたい。しかも、それが世界の為にもなるみたい」
「わ、訳が分かんねえよ……。お前が、こんな目に遭ってるのを、血の繋がった兄弟が知ってるだなんて、思わなかった……」
「兄様、泣いてた。俺が変わってやれたなら、どんなに良かったか、って」
「そんなの、気休めにもならねえだろ」
「君、私と会ってまだ全然日が経ってないのに、優しいこと言うんだね」
「あ、当たり前だろ。同情ぐらい、する。あんなの、見ちまったら……」
「ごめんね。嫌なもの、見せちゃってて」
「謝って欲しいんじゃない。ただ、こんなこと、もうやめて欲しいだけだ」
「優しい、ね」
「別に、誰でもそう思う」
カルサは少女から目を逸らす。
力の抜けた笑顔を、見ていられない。
「私は、兄様を尊敬してる。兄様が、心を痛めていることを知っている。だから、期待に応えたい」
「……そうか」
「でもね、なんか……最近考えちゃうんだ」
カルサは躊躇いがちに視線を戻す。
「兄様、先代の戦士達も、生き返らせなくてはならないかもしれないって、言ってたんだ」
「先代?」
「そう。昔の方が、自然からの恩恵が強いから、より協力な神秘の力を持つ人が多いんだって」
「神秘?」
「でも、そんなに昔の人を生き返らせるなんて、許される行為なのかな……」
遠い目をして、少女が言った。
「踏みにじっていることには、ならないかな?」
「踏みにじる?」
「その人の死を受け入れ、悲しみを乗り越えて、前を向いて歩き出した人々の思いを、その人の死を糧にして作り上げた歴史を、踏みにじることにならないかな」
カルサは黙って聞いていた。
「それだけじゃなくて、未来を託して、思い残すことなくこの世を去ったその人の覚悟を、冒涜してしまわないかな。既に讃えられた死に様を、愚弄することには、ならないかな?」
「……さあな」
カルサは声を絞り出した。
「分かんないよね」
少女は困り顔ではにかんだ。
カルサの胸の内がざわつく。
他人の命、そして死に様にまで優しさを注ぐ彼女を、どうにかして守りたい。
カルサは、そう思えてならない。
「もし……」
「うん」
「もし、その答えが出て、人を、生き返らせるべきじゃないって、強く思ったとしても」
「うん」
「俺のことは生き返らせてくれ」
「……死ぬのが、怖いの?」
「俺は戦士だ。そんなの怖くない。でも……」
「うん」
「世界中の人間が死んだとしても、お前は死なずに、ずっと生き続けるんだろ?」
「……」
少女は、悲しげに笑う。
それは、肯定の意を示す。
「だったら、俺がお前を守るから。許されないことだとしても、何度でも側に戻ってくる。そうすれば、寂しくないだろ」
少女は目を見開き、驚いて声も出せないようだったが、しばらくして泣き出しそうな笑顔を見せた。
「ありがとう」
今日一番の明るい声に、カルサは思わずその口元を綻ばせた。
その直後だ。
耳を劈く衝撃音。
揺れる内壁。
それが起こるのとほぼ同時に、カルサの顔に生暖かい液体がびしゃりと飛んできた。
あまりに突然だったので、目を瞑る余裕もなかった。
目の前には巨大な真四角の岩。
突如それは降ってきた。
その岩と床には、赤黒いシミが広がっている。
少女は岩の、下敷きになっていた。
「あ、ああ……」
止めることのできない自分の無力さに、カルサは嘆き、顔を覆う。
「うわぁあああああああああ!!」
感じる絶望のままに腹の底から声を上げ、泣き喚く。
また、未来の命を救う投資が始まる。
それをカルサは、誰よりも近くで、ただ見ているだけ。
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