神様降臨

1/1
前へ
/17ページ
次へ

神様降臨

   自分たちが敵に回した存在が、神であると知った。  ペリドの隊は壊滅的。  ハウラの隊も同じく壊滅的。  残ったのはカルサが指揮をとる隊の数名のみ。 「今は皆、体を休めてる。だが、治癒能力のある者も、ほとんど命を落としちまった。人手が足りねえ」  ペリドが砂丘に佇むカルサへ報告する。 「こちらも同じような状況だ。とてもじゃないが、今攻撃を受けたら、もう人類は助からないだろうな」  続いてハウラが言う。  冷静な表情ではあるが、その声は悔しさ故に震えている。 「なあ、カルサ」  砂が風に乗ってカルサたちの頬を打ち付ける。  だがそれは、それほど痛みを感じるものでも、視界を遮るものでもない。  ほとんどの砂は風に舞うこともできないほどに、血液を含んでしまっている。  血の匂いが絶えず鼻を刺激する。  だがもう誰も、その異様な匂いに顔を顰めることをしない。 「俺たちが、間違ってたのか?」  ペリドはカルサの反応を待たずに続ける。  相変わらず、カルサは何も言わずに無表情に遠くを見つめている。 「俺たちが、抗おうなんて思わなければ、こんなに人が死ぬことは無かったのか?」  悲壮な顔つきで、絞り出すように言う。 「やめろよ。そんなこと、今更……言っても仕方がない」  ハウラがカルサを諌める。  だが、ハウラ自身もカルサの意見に思うところがあるのか、その言葉は歯切れが悪い。 「ハウラ!!」  突然、治療ドームからソレースが叫びながら出てきた。  ドームはオーロラのように輝く膜を波打たせる。  ソレースがこじ開けた穴は瞬時に塞がった。 「ハウラ……」 「なんだソレース。静かにしろ。怪我人に障るだろ」 「ハウラ、セ……セドニー……が……その……」 「……」  ハウラが拳を握りしめる音が、風に乗ってペリドとカルサの耳に届いた。  セドニーは重症だった。  ヒーラー達が総動員で治療に当たったとしても、助かる可能性は半分もなかった。  だが、そんな贅沢な治療が、今この場で行われることはなかった。  ペリドもカルサも、ハウラの近くに立つソレースでさえも、今のハウラの顔に視線を向けることはできなかった。 「今……行く」  しばらくして、やっとハウラが治療ドームへ足を踏み出した。  だが、そんな時だった。    突然、そこら一体の大気が一瞬にして別のものへと入れ替わったような感覚に包まれた。  ペリドは攻撃を受けたら可能性を考え、剣を抜こうとする。  だが、彼は唾をゴクリと飲み込むだけで、その指一本でさえ動かすことができずにいた。  額から汗が滲む。  周囲を確認したいが、頭を動かすのはおろか、瞳を動かすことすらままならない。  全ての動作を億劫に感じる。  それはハウラもソレースも同じようだった。  風が止み、雲に切れ間ができ、太陽の光が砂丘を照らす。  何がが、舞い降りてくる。  その何かの存在を感じ取った瞬間に、息の仕方までも忘れてしまう。  その存在が、地に足を付けた。  ハウラにもソレースにも、その姿が見えていた。  それは、小さな女の子だった。  短い髪が、風もないのに揺らめいている。  少女は微笑を浮かべ、慈悲深い印象を与える目でこちらを見つめている。  だが、その柔らかい表情とは裏腹に、ペリドの体はどんどんと強ばっていく。  少女が、小首を傾げてにこりと笑う。  そして、ゆっくりとその素足を動かした。  空気がピリつく。  その少女が一歩を踏み出す度に、えも言われぬ不安が襲いかかる。  楽になりたくなる。  死にたくなる。  自分が自分でなくなる。  一歩も動けない。  瞬きすらできない。  ペリドは無理やりにひとつ、息を吐き出した。  ハウラが空気のような声を発した気がした。  ぎこちなく視線を動かせば、ハウラはまた何かを言おうと必死に口を動かしていた。  だが、その唇から音が発されることは、やはりない。  話すことさえ一苦労なのだ。  ペリドは奥歯を噛み締め、近付いてくる少女を睨みあげた。 「もう、何も怖くないよ」  唐突に、少女が誰に言うでもなく呟いた。 「みんな、ここで終わりにしよう」  少女の言葉に、誰も反応を示すことができなかった。  ただ一人を除いて。 「遅かったな、ポフィラ」  ペリドの視界の端で、カルサがなんの障害もなく颯爽と歩を進めると、恐ろしいほどの美しいオーラを放つ小さな少女を抱きしめた。   「やっと、俺に裁きを下してくれるのか?」  幸せそうに微笑んで、カルサは言った。 「そうだね。みんな平等に、私が葬ってあげるよ」  静かな放たれたその言葉に、カルサは心底安心した表情を見せた。  少女の物騒な言葉を、ペリドはどうにも理解できなかった。  だが、抵抗の意志は沸き起こらなかった。  少女を抱きしめていたカルサが、突然脱力し、その場に倒れ込んでも、なんの感情も湧き上がらなかった。  あとはただ、残り少ない仲間が、次々に命を奪われていく様を眺めるだけだった。  遂に自分の番が来た時、どうしてか、自分はこうなることを望んでいたのだと、ペリドは理解したのだった。  ああ……これで……少しは許されるかもしれない……。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加