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避難
人気のない村を、カルサとハウラは共に歩いていた。
その村の住人たちは比較的安全な天空シェルターへと既に避難している。
しかし、無人であるべきはずのその村から、生体反応があったと連絡があったのだ。
戦いに備えていたハウラの隊とカルサの隊は、どちらもその村に近かった。
即座に対処できるリーダー格の二人が真っ先に単独で駆けつけた。
直ぐに合流して一緒に歩いているが、元々そこまで接点があった訳ではなかったので、お互い何も言葉を交わすことなくただ歩き進めている。
沈黙が流れ続ける。
それを気まずいと感じているのはハウラだけだった。
元々無口なカルサは、別段その沈黙を気にしてはいない。
「生体反応は、確か二つだったな」
耐え切れずに、ハウラがそう言った。
聡明なハウラにとっては、敢えて確認するまでもなく確信を持って記憶していた内容だった。
「ああ。そうだ」
カルサは短く答える。
そして、また沈黙が訪れる。
その時、少し離れたところで古びた板の軋む音が聞こえた。
ハウラとカルサは何も言わずに目を合わせ、頷く。
二人とも、戦うことのできない一般人とは比べ物にならないほどの跳躍力で、一瞬にして音の出処へと足を運ぶ。
木材で造られた一軒家に、二人は忍び込んだ。
もう電気などは通っておらず、中は昼でも薄暗い。
廊下を進んだ先に、下り階段が見えた。
「地下だな」
ハウラがそう言い、カルサが頷く。
最も危険とされる地下スペースから、再び軋み音が響く。
ハウラとカルサは、慎重に、足音を立てることなく地下へと進む。
地下は真っ暗。
ハウラが、その手の平にオレンジ色の小さな炎を出現させると、部屋の角に蹲る、二人の子供を見つけた。
「だ、誰だ!」
ハウラとカルサに気付いた一人が、まるで小動物が威嚇するかのように短剣を構えた。
十歳にも満たない少年だった。
その傍らに居るもう一人は、短剣を構える少年の足にしがみつき、ただ脅えている。
どうやら、少年の妹のようだ。
「反応は、この子供たちで間違いないようだな」
ハウラが言う。
「全く。よりにもよって地下に隠れるとは。命知らずな」
「し、質問に答えろよ!」
ハウラの言葉に、短剣を前へ突き出して少年は怒鳴る。
見かねたカルサが、一歩前へ出る。
「安心しろ。俺たちはお前たちを保護しに来た。地上は危険だ。避難しろ」
柔和とは程遠い諭し方であったが、少年も危険な状況を認識しているのか、大人しく武器を下ろす。
「……母ちゃんが、戻ってないんだ」
そして、消え入りそうな程小さな声で言った。
ハウラとカルサは口を閉ざし、少年から視線を逸らした。
未だこの二人以外に、生体反応は捉えられていない。
「お前たちの母親がどこにいるかは知らないが、怪我でもしたら悲しむんじゃないか?」
カルサはそう言って手を差し伸べる。
少年は今にも泣き出しそうな目をして、カルサの手を取ろうとした。
すると、それを妹が止める。
「駄目だよお兄ちゃん。お母さん、ちゃんとお留守番してなさいって言ってたよ。待ってようよ」
「で、でも……」
カルサは察した。
少年は、既に自分の母親が帰らぬ人となっていることを知っている。
だが、どうにもそんな残酷な事実を、母を心待ちにしている妹に告げられずにいる。
もしかしたら少年は、直接的な言葉で諦めさせて欲しかったのかもしれない。
カルサはそう思ったが、幼い少女が泣いてしまっては敵わないので、特に何も言うことなく、二人をまとめて両腕で抱き上げた。
兄妹は驚きの声を上げる。
「とにかく一旦外に出るぞ。地下は簡単に崩されるからな」
カルサは二人を連れて家の外へ出る。
後ろをついてきていたハウラが、何かを感じ取ったのが、ぴくりとと反応を示した。
「カルサ、第3シェルターに空きがある」
ハウラがそう言うと、カルサは黙って頷いた。
「少し遠くなるが、安全なところに行く」
「そこにお母さんいる?」
二人を地面に下ろし、表情を変えることなく言ったカルサに、すかさず少女は質問する。
「……さあな」
カルサは冷たくそう返し、歩き出す。
「大丈夫。きっといるよ」
少年は妹の手を強く握り、元気づけるように囁いた。
少年が手を引き、歩き出すと、少女は渋々といった様子でついて来る。
「ねえ、どうしてお家をでなきゃいけないの?」
不意に、少女がカルサに問う。
「危険だから」
「どうして危険なの?」
「戦争中だから」
「どこと戦ってるの?」
「大地と」
「……変なの」
少女は唇を尖らせる。
「自然に自我が芽生えたんだ」
核心に迫ることなく会話を終わらせる気でいるカルサに気付き、もどかしくなったハウラが言った。
「自我?」
次は少年が問う。
「大地を踏み荒らし、自然の均衡を乱す我々人間は、いずれこの地球を破滅へと導く。自然の神は、我々を嫌っている。だから、こうして我々に攻撃をしてくる。気まぐれにな」
「……」
少年は小さく相槌を打った。
しかし、深く理解はしていないようだった。
牙を剥いた母なる大地。
至る所で巨大な竜巻が起こり、大地震が発生し、火山が噴火する。
突然足元にクレバスが出現し、人が落ちればまるで生きているかのように即座に元の地面に戻る。
地面を突き破った木の根が、人間の胴回りに絡みつき、強い力で締め付ける。
人間は狙われている。
地に足を付けている限り、人類が休まることは決してない。
「どうしたら、戦争は終わるの?」
少年が呟く。
カルサもハウラも、何も答えられない。
人類に勝算はないのだ。
ただ黙って地上から排除されるわけにはいかないから、がむしゃらにあがいているだけ。
いがみ合っていた隣国同士が手を取り合い、連合を組み、自然の驚異に対抗しようともがいている。
終わりが見えない戦い。
どうすれば明るい未来を手に入れられるのか、連合のリーダーであるカルサにも分からない。
それでも、生き抜かなくてはならない。
この世に生を受けたからには、精一杯全うしなくてはならない。
カルサは強くそう思っている。
もちろん彼だけではない。
誰も、死にたいなどと思っていないのだ。
たとえ、戦いの終わりが見えなくとも、命を投げ出すことはない。
だから抗う。
ただひたすらに。
「神様は、助けてくれないのかなあ」
少女の言葉に、カルサは思わず空を見上げて小さく笑った。
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