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突如鳴り響いた轟音。
続く爆発音に、カルサはハッとなり振り返る。
音の鳴る方向には海岸がある。
カルサの親友であるペリドの部隊が戦っている海岸だ。
確かに鬼気迫る音ではあるが、珍しいことでは無い。
今は戦争。
そこかしこから大地を揺るがすほどの突発的爆音が聞こえてくる。
しかし、カルサは海岸から流れてくる音には異様な反応を見せた。
カルサを筆頭とする数千の戦士は一斉に、不思議そうにカルサを見やった。
「直に日が落ちる。激しくなるだろうな」
冷静な表情でそう言ったのは、ハウラの師匠であるセドニーだった。
カルサよりも一回り以上年上で、神秘の才に長けた魔術師である。
いくつもの戦場を潜り抜けてきただけあり、経験からの戦況読みはかなりのものだ。
頬に残る古傷が整った顔に目立ってしまっているが、持ち前のスマートさが魅力を引き出し、人の目を惹きつける。
だが、その傷は同時に、過去の大戦の過激さを垣間見せる。
「カルサ、集中しろ」
セドニーは叱りつけるような目をしてカルサに言う。
カルサは差し迫った表情でじっと音のする方向を見つめている。
心ここに在らずと言った様子だ。
「今は落ち着いているだけで、ここも安全とは言えないんだ。最高指令役のお前が、心を乱してどうする」
セドニーは、カルサがペリドの安否を気にしていると思い、落ち着かせようと言い聞かせる。
しかし、カルサはそれすらも聞いていない。
再びひと際大きな爆発音が鳴り響く。
その直後、オレンジ色の空に浮かぶ雲の切れ間が、一瞬眩く輝いた。
それを見たカルサが、急に眼の色を変えて駆け出した。
普段の戦闘で見せるよりも遥かに速く、カルサはその場から真っすぐに海岸を目指す。
「カルサ!? 待て!」
その場の指揮を投げ出して目にも止まらぬ速さで走り去ってしまったカルサを、セドニーは慌てた声で引き止めたが、それも全く彼の耳には届かなかった。
「くそっ……。みんな! 俺はカルサを追う! ここは任せたぞ!」
セドニーが険しい表情で言い放ち、カルサの後を追って飛躍した。
しかし、一人で追うと言ったセドニーの後を、三人の戦士がすかさず追いかけて行った。
その内の一人はソレース。
あとの二人は、転移術が使えるアンデと、強化術を得意とするトルマ。
アンデはカルサの二歳年上の従姉妹で、トルマはカルサの補佐役として仕えていた男だった。
セドニーは追いかけてくる三人の気配を感じ取り、やれやれと言ったように眉を垂らした。
神秘を扱えないカルサでも、最高司令役に抜擢されるだけはあり、やはり移動速度は一般的戦士のそれではない。
何とかカルサの気配を見失わずに食らいつくセドニーだが、なかなかその距離は縮まらない。
結局、セドニーとソレースたちがカルサに追いついたのは、ペリド隊の警戒領域である海岸沿いに辿り着いた頃だった。
そこは惨憺たる状況だった。
戦士が無数に転がる砂浜は血に塗れ、海には死体が何百と浮かんでいる。
夕暮れの赤が海を染め、不気味さを助長している。
無事な者は一人として存在していなかった。
その砂浜に立っているのはカルサと、見知らぬ少女の二人だけだった。
「あの子は……」
セドニーは困惑に瞳を揺らがせる。
カルサの馴染みの戦士に、あのような少女がいただろうか。
戦場に似つかわしくない軽装。
潮風に激しく騒ぐまとめていない長い髪。
肌は陽の光など浴びたことがないかのように白い。
夕闇に飲まれゆくその姿は幻想的にすら思え、心做しか淡く光っているようにも見える。
惨劇の場にカルサと佇むその少女は、まさに異質の存在だった。
「セドニーさん。あの人、あなたの国の戦士なのですか?」
アンデが面白くなさそうな顔でそう言った。
「いや、見たことない」
セドニーは短く答える。
「死体に囲まれて一体何してんだ? あいつら」
ソレースが首を傾げて言った。
トルマは心配そうにカルサと少女を見つめているだけ。
カルサと少女は、セドニー達に背を向けた状態で、海面に沈みゆく太陽を真っ直ぐに見つめたまま棒立ちしている。
どうしてか、セドニー達は遠くから二人を見ていることしかできなかった。
踏み込めない領域の境界線が目に見えるようだった。
邪魔をしてはいけないような、そんな気負いが湧き上がる。
少女が、カルサの手を握った。
それを見て、アンデが眉間に皺を寄せた。
それでも、そこまでは彼女はまだ動き出すのを我慢できた。
しかし、少女が立ったままカルサの肩に頭をもたげた時、アンデの顔が更に険しくなる。
「ちょっと行ってきます」
アンデは不機嫌にそう言って、地面を勢いよく踏み切った。
「おい!」
セドニーは咄嗟に手を伸ばすが、アンデの腕は掴めなかった。
「ったく。あのソレースでさえじっとしてるってのに」
「それどういう意味だよ!」
呆れたように言ったセドニーに、ソレースがすかさず言い返す。
トルマが困ったように笑う。
仕方なしにセドニーはソレースとトルマを連れ、カルサの元へ向かった。
既にアンデは未だ夕日を眺めているカルサと少女の前に立っていた。
感情のままに二人の関係を聞き出しているのだろうと、セドニーは思っていたが、アンデは神妙な顔つきをしたまま、黙って少女を見つめていた。
「アンデ?」
ソレースが声を掛けるも、アンデは困惑した目を向けるだけで何も言わない。
セドニーは怪訝な顔をし、重たい足取りで少女の前へ出る。
少女はその両目を閉じていた。
意識が無いようだった。
このようなおぞましい光景を目にして、気絶してしまったのだろうか?
セドニーはそう思ったが、しばらくして気付く。
少女は息をしていなかった。
カルサの肩に頭をもたげ、立ったまま、眠っているかのように死んでしまっていた。
セドニーは驚き、カルサへ視線を向けるが、彼は力のない瞳を海へ向けているだけだった。
「カルサ……その子……」
アンデが躊躇いがちに眉をひそめて口を開く。
だが、すぐに話すのをやめてしまった。
無表情ではあるが、カルサが酷く落胆していることがアンデには分かった。
多くの国の、大勢の戦士を取りまとめ、その中心に立つカルサの意気消沈した頼りない姿に、ソレースは言葉がでない。
カルサを近くで見守ってきたトルマは、目も当てていられずに俯いている。
息の詰まるような沈黙が流れる。
しかし、不意にカルサは顔を上げ、空の真っ暗な部分を呆然と眺め出し、
「この海岸に来る前は、西の峡谷に行っていたらしい」
そんな風に呟いた。
「西の峡谷?」
アンデが怪訝な顔で言う。
「ハウラの防衛区域か」
セドニーが重々しい表情で言うと、カルサは小さく頷いた。
「そこでも、かなりの死者が出たらしい。この海岸分は、補えないくらい」
カルサは静かな口調で、ぽつりぽつりと言葉を吐く。
「蘇生術は、ポフィラにだけ許された神秘の力だ。それでも、代償は払わなくてはならない」
風に煽られそうな少女の体を、カルサは優しく引き寄せる。
彼らの手は、未だ繋がれたまま。
「死んでしまうことは分かっていた。分かっていたけど、俺はこいつを待っていた。救ってくれると信じていた。力を使うことで、死んでしまうと、知っていたのに……」
自嘲気味な笑みを見せ、カルサは続ける。
「でも、こいつは俺のジレンマを受け入れないんだ。自分が死ぬだけで、俺の仲間が大勢助かるのだとすれば、喜んで死ぬんだ。こいつは、そういうおかしな奴なんだ」
カルサはセドニーに目を向け、そしてまた笑う。
切なげに瞳を揺らすが、涙は一切見せない。
「安心しろ。しばらくすれば、目が覚めるから……きっと……」
そう言って、虚ろな瞳を瞼に隠し、カルサは寄り添うように少女の頭に頬を置いた。
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