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プロローグ
強烈な平手打ちが金澤恵那の左頬を打ち付けた。
「この泥棒猫!」
次いで右頬を叩かれる。恵那は意味がわからないまま、ただ混乱していた。
女性は怒りを露わにし、溢れ出る涙で頬を濡らしている。
「人の旦那と何やってんのよ!」
更に三発、四発とお見舞いされてから、髪を引っ張られる。
「あんたのこと訴えてやる!」
恵那が苦しそうに顔を歪めたにも関わらず、男は彼女には見向きもせず、おろおろしながら女性の機嫌を取るような笑顔を向けた。
「ち、違うんだよ! 彼女は……た、ただの、そう一回きりの相手なんだよ! ほら、お金がなくて困っていたから……ねっ? わかるだろ?」
先ほどまで二人でホテルにいたはずなのに、まるで金欲しさの、たった一度きりの関係だと言ったこの男。
「嘘つくんじゃないわよ! あんたの行動なんて、とっくに調べ尽くしてるわ! 全部言ってほしい? 日にち、時間、ホテルの名前まで細かく教えてあげるわよ!」
彼とホテルに来るのは今日が一回目。それなのに全部知っているとはどういうことだろうか。
「あの……これってどういうことですか? だって指輪はしていなかったし……」
すると女が彼を睨みつける。
「そう……指輪を外して独身を装ったわけ?」
彼が気まずそうに視線を逸らしたため、女は視線を恵那に戻した。髪を引っ張り、顔を近付けると、見下すような目で見る。
「知らなかったじゃ済まないわ。私たちには子どももいるの! あんたのせいで、私たちが不幸のどん底に突き落とされたのよ!」
冗談じゃないわ。小さな耳鼻科の受付、女ばかりの職場で出会いなんてないと思っていた時に声をかけられて、ちょっと嬉しかった。これで独り身ともおさらばって思っていたら既婚者? 有り得ないんだけど。
「そんな……! 私だって既婚者だって知ってたら、付き合ったりしませんでした! それに……ホテルに行ったのは今日が初めてなんだから!」
騙されたのは私の方よ。結婚してるなんて知らなかった。
しかし恵那の反論が、女の怒りに火をつけた。止めるどころか、怒りを助長させてしまう。
「……何言ってんの? それでもあんたがやったことに変わりはないでしょ? 一回だけ? だから何よ……自分も騙されて不幸だみたいな言い方はやめてよ!」
「でも……!」
その瞬間、彼女が握っていたスマホを大きく振り上げた。まずい……! その瞬間、恵那は意識を失った。
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