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「⋯⋯可哀想な真理子」
「もしや、彼女の狂言自殺なのか」
「それは違う。真理子はあなたが好きだったの。気を引くために見知らぬ男に抱かれるような真似をするあの子が、あなたを諦めて死を選ぶはずなんてないわ」
「彼女が僕を。そんな素振りは⋯⋯」
「あの子はあなただけを思い続けていた。ただの”人格”の一つに過ぎない存在なのに」
「君は、彼女に話したのか。全てを」
澄んだ瞳の奥で何を考えているのか――。
小さな綻びはやがて大きな裂け目となる。
しかしそれに気付いたときは、時既に遅し。
築き上げたものがポロポロと音を立てて、崩れ落ちていくのだ。
「これまで、真理子に秘密を悟られないように、慎ましく暮らしてきたつもりよ。でも、時間をかけて薔薇の棘が食い込んでいくような痛みに耐えながら、微笑みを見せなくてはならない苦しみは、決して誰にも分からない。知は無知に勝るって言う人もいるけれど、私は知らぬが仏の人生の方がよかった」
「だから真理子に真実を伝えたのか」
「それなら、どれだけ楽か⋯⋯」
「何がどうなっているんだ、美佐子」
「由紀がやったのよ」
「⋯⋯まさか。彼女が」
「私や真理子の存在もろとも、この世から消そうとしたのよ」
美佐子の口から出たのは、僕の妻「由紀」の名前だった。
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