3人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「なんで死のうとしたの?」
私の身体は、完全に空中に放ったつもりだった。
頭から地面に近づいていくのを、重力に従って落ちていくのを、確かに感じていたはずだった。
なのに今、私は飛び降りたはずの屋上にいる。
ちゃんと生きている。しかも、無傷で。
原因は多分、目の前にいる人のせい。
いや、人間ではなくて。
黄金の光輪と純白の羽根をつけた、まるで天使のような男の子だった。
本来なら尊ぶべきなんだろうけれど、そんな澄んだ気持ちになんてなれるわけがない。
私の心に渦巻いている感情は、憎しみだけだ。
「……死のうとしたんじゃない」
強い恨みを込めて、天使を睨む。
「死ぬの、私は」
「……駄目だよ」
天使が浮かべる悲痛な表情は、私を叱り諭す奴等とあまりにも似ていた。
やっぱり同じなんだと、俯く。
「──ねえ」
顔を上げて見た天使の微笑は、思わず息を止めてしまうくらい美しくて。
不意に、唇が触れた。
「……え。な、」
「きみは生きるしかないんだ」
天使が私の髪を撫でる。
「きみが命を使い果たすまで死ねない呪いをかけたよ」
なに、それ。
「凹凸も非日常もないのに、僕の命は無限だから。いつか辞めてしまおうと思っていたんだ」
「僕がいたところには、勿論きみではない大切な存在がいるけれど、きっと君は解ってくれる」
「だから、天使失格な僕がせめて、せめて出来ることをしようと思うんだ」
「人間の守護であることは、僕達の仕事だから」
なんで。どういうこと。
声を出そうとしたけれど、口が動かなかった。
それだけじゃなく、手足も。
透明な拘束でもされたかのようだった。
天使が、翼から一枚の羽根を抜いた。
そこから弾けている泡のような淡い光の粒が、私の左側に吸い込まれていく。
「僕をあげる」
天使が、だれかを想うような表情をした。
輪郭がぼんやりと薄らいでいく。
からだの内側が温かく痺れた。
意識が緩やかに遠のく。
全部、私には関係ないのに。
こちらに向けられた絶え間ない愛情は、私に対してではないのに。
でも、私が愛されていたという証拠を貰ったみたいで。
心の中は、酷く満ち足りた気分と多幸感に包まれていた。
涙が伝った。
***
最初のコメントを投稿しよう!