天使依存症

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*** 「なんで死のうとしたの?」 私の身体は、完全に空中に放ったつもりだった。 頭から地面に近づいていくのを、重力に従って落ちていくのを、確かに感じていたはずだった。 なのに今、私は飛び降りたはずの屋上にいる。 ちゃんと生きている。しかも、無傷で。 原因は多分、目の前にいる人のせい。 いや、人間ではなくて。 黄金の光輪と純白の羽根をつけた、まるで天使のような男の子だった。 本来なら尊ぶべきなんだろうけれど、そんな澄んだ気持ちになんてなれるわけがない。 私の心に渦巻いている感情は、憎しみだけだ。 「……死のうとしたんじゃない」 強い恨みを込めて、天使を睨む。 「死ぬの、私は」 「……駄目だよ」 天使が浮かべる悲痛な表情は、私を叱り諭す奴等(やつら)とあまりにも似ていた。 やっぱり同じなんだと、俯く。 「──ねえ」 顔を上げて見た天使の微笑は、思わず息を止めてしまうくらい美しくて。 不意に、唇が触れた。 「……え。な、」 「きみは生きるしかないんだ」 天使が私の髪を撫でる。 「きみが命を使い果たすまで死ねない(まじな)いをかけたよ」 なに、それ。 「凹凸も非日常もないのに、僕の命は無限だから。いつか辞めてしまおうと思っていたんだ」 「僕がいたところには、勿論きみではない大切な存在がいるけれど、きっと君は解ってくれる」 「だから、天使失格な僕がせめて、せめて出来ることをしようと思うんだ」 「人間の守護であることは、僕達の仕事だから」 なんで。どういうこと。 声を出そうとしたけれど、口が動かなかった。 それだけじゃなく、手足も。 透明な拘束でもされたかのようだった。 天使が、翼から一枚の羽根を抜いた。 そこから弾けている泡のような淡い光の粒が、私の左側に吸い込まれていく。 「僕をあげる」 天使が、だれかを想うような表情をした。 輪郭がぼんやりと薄らいでいく。 からだの内側が温かく痺れた。 意識が緩やかに遠のく。 全部、私には関係ないのに。 こちらに向けられた絶え間ない愛情は、私に対してではないのに。 でも、私が愛されていたという証拠を貰ったみたいで。 心の中は、酷く満ち足りた気分と多幸感に包まれていた。 涙が伝った。 ***
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