Insomniastronaut

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 格闘家だった若かりし頃の独裁者は戦場で武器を用いず自身の強靭な肉体のみで大勢の敵兵を殺した。軍を退き秘密警察での任務時代も多くの国家反逆者を暗殺してきた。彼は歴史の陰で悪魔だと囁かれ、やがて表に出て今の地位を築き怪物と呼ばれ恐れられてきた。 「もう一度だけ自分の腕で狩りをしたい」  それが年老いた彼の望みだった。自分自身が全世界から狩られる対象になっていると分かっていながらも。  独裁者の壮健な肉体回帰への欲求は激しかった。国家プロジェクトとして莫大な予算でクローン人間の急速成長技術を完成させ己の脳移植を計画したが、彼の脳髄に致命的な異常が発見され治癒が不可能だった故それは叶わなかった。  その一方で戦争の初期段階の経済制裁でインターネットを遮断された侵略国家は、独自の閉鎖環境で濃密なメタバースを完成させていた。  余命宣告を受けた独裁者に、「抽出した意識だけでその仮想空間で永遠に生きられる」ことを科学者が提唱した。独裁者は早速と体験してみたが、身体と精神の分裂の虚無は甚だしく彼を苦しませ、疑似なる仮世は現実での生存への固執を再認識させるだけだった。    そんな折に独裁者は新たな野望を抱いた。
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