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牧場主
目を見開くと同時に、肺の中に思いっ切り空気が入った。
一筋の涙がこめかみの方へと流れていった。
木の天井、羊毛の布団、錫の水差し。
ここは一体……。
「きがついたんがぁ」
奥から出てきたのはおばさんだ。まだ若いから奥さんと呼ぶほうが正しいだろう。
ところがクラリッサには奥さんの言葉が分からなかった。敵意がある様子でないことは確かだが……。
「あんたぁ、おったよぉ!」
奥さんが扉の方に向けて叫ぶと旦那さんがやってきた。旦那さんも30代くらいの若さである。おじさんと呼ぶにはまだ早そうだ。
「ほぅか、おったが。なーなー……。ほぅ、よぅがった。おめぇほー、なんつーんだ? な?」
「あ、あの、何を……言ってるんですか……? ここは……?」
「おめぇ、もーがして、おらほんとこのむすめじゃねえがんね。はぁー、おらがむらのまえでにおったんで、てっきり。んで、あのくろんま、おめぇのだに?」
断片的にしか理解できない。ここは一体何なのだ?
何となく理解したのは、倒れていた私を助けてくれたことだ。そして、危害を加える様子もなく、心優しい人物であるということだ。
「あの……私と一緒に居た、黒い馬は……?」
「んー、なんだや?」
「黒い、馬……」
「あんのくろんまのことかやぁ?」
ほれ、と言って窓を開けた旦那さん。窓の向こうに広がるのは、たくさんの馬や牛がのんびりと草を食べている光景。
グロッケンも他の馬に混ざっておとなしくしている。
「おらほのまきばだに。おめぇのうまもなかよくしてっかんな。でぇじょうぶだら」
クラリッサの目からボロボロと涙がこぼれてきた。拭いても拭いても自分の意思では止めることができないでいると、奥さんが抱き寄せてくれた。
声を出して泣いた。
こんなにも人に優しくしてもらったのは初めてだ。
行き倒れの私を、見捨てなかった。
きっとこれが、私の希望だ。
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