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稲葉課長とどんな話をしたのか、朝宮さんとどんな話をしたのかまできっちり覚えている。
でも、いくら考えても思い出せない事がある。記憶喪失というなら納得もいくけれど、たぶん店を潰してやろうと思ったことによる落とし穴にはまってしまったのだ。
頭痛もしないし吐き気もしない、でもどうやって帰宅したのかは分からない。
スーツはハンガーにきちんと掛けられ、シャツは洗濯カゴに放り込まれ、パンツ一丁のままベッドに寝ていた俺の朝は、まさに素晴らしい絶好調な目覚めだった。
記憶が無いだけで。
記憶が無くても家に帰ることは出来るらしい。帰巣本能というやつだ。なんだ、意外と何でも出来るのだ。やれば出来る子だと昔から言われていたのだからこのくらいは当然だ。
仕事の支度をしてそのまま家を出て、駅まで歩くとその姿を見つけてドキドキした。ノミの心臓は今、鬼の稲葉を見つけてヤバイ喰われると悲鳴を上げ始めている。しかも嬉しい。
抱いてみたいというのは男なら当然あることで、でも抱きたいと思われたことは今まで一度もない。
それが今、世界がひっくり返るような事が自分に起きている。
「カモノハシ、おはよう」
「おっ、おは、おはよーございます」
「大丈夫?頭痛は?」
「いえ、絶好調です。もういつでも、あ、あの、どうぞ」
「……どうぞ?」
今日もカッコイイ稲葉課長はまた困惑の表情を浮かべているが、見ていられなくて人の波と共に満員電車に乗り込んだ。ぎゅうぎゅうだ、いい匂いがする稲葉課長にくっついてしまう。
あー、これはあれだ。
怖い人が荷物を持ってくれると「すご〜い!優しい!!」となるやつ。反動が起きて俺は今、振り幅さえも軽く超越して「貴方ならいい」になっているのかもしれない。
しかし稲葉課長が……。
「エロ仙人とは」
「あ?」
「いえ、あの……稲葉課長、あの、手が、」
「手?」
「いえ」
まさかこんな所で触ってくるとは!
俺は初めてなんだ。まさかこんな場所で、ああでも朝宮さんは言っていたではないか。
「あんな冷たい顔してもカモノハシくんにすっげーエロいことをしたくてしたくて仕方ないんだよ」と。なんか少し違う気もするけれど、同じようなことを言っていたはず。
お尻をサワサワと触れてくる手はイメージよりも小さい気はするけれど、顔を真っ赤にしながら黙って受け入れる。
「お手柔らかに、お願いしま……す」
「ん?また何か言った?」
「いえ、何も」
「そう言えば出張の日、新幹線で行く?それとも車で?」
「あ……あっ、」
「あ?」
稲葉課長……。
「前、まで?」
「前?なに?」
「だいじょぶ…です」
俺のモノは既に興奮状態で、稲葉課長の手はスーツの上からサワサワとソコを撫でてきた。
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