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     稲葉課長は先に出社して、俺は被害者ということから駅で警察に色々話を聞かれた。もちろん本当の事など言えるはずもなく、痴漢よ何も言ってくれるなと内心ビクつきながら話をする。 「どんな風に触られました?」 「どんな……サワサワ?と」 「サワサワ、と。サワサワって触れているかどうかはちゃんと分かりましたか?」 「はい、あの……サワサワでもわかりました」  許しているんだ。もうそっとしておいてもらいたい。自分で付けた心の傷の方がよっぽど深くて泣いてしまいそうなのに! 「前は触られました?」 「……はい」  若い警察官はたぶん俺よりも年下だと思う。青年よ、もう見逃してくれ。 「どんな風に?」 「どんな……サワサワ?と」 「サワサワ、と。サワサワって触れているかどうかはちゃんと分かりましたか?」 「はい、あの……サワサワでもわかりました」  デジャブが何度も繰り返す、そんなやり取りをする事1時間半、結構長い事説明をしなければならないのを初めて知ったのだが、きっとあの小太り痴漢は自分は何も悪くないと言うはずだ。  あの男は勃起していたとか、嫌がっていなかったとか言われるんだろうなと、そしてあの色々話をした青年警察も勃起したと捲し立てるであろう小太りオヤジに同情していく。  こういう場合、どちらが悪になるのだろうか?  そして何よりも、稲葉課長の手だと思ってしまい話が噛み合ってるようで合っていない内容を思い出すと今すぐ永遠の眠りにつきたくなった。  仕事場に着いた頃には既に昼近かった。こんな時って俺はご飯を食べちゃいけないんだろうか?みんな仕事してやっとお昼だけど、俺は警察官と話してただけなのに既にクタクタでお腹も空いている。  え?お前食べるの?何もしてないのに?みたいな。 「でもお腹空いた〜」 「カモノハシ」 「うわっ!!」  通路を歩いていると背後から稲葉課長に声をかけられ、心配そうな表情をして近付いてきた。稲葉課長は内心思っているに違いない……。 「イキそうだったくせに」 「あ?ああ……まあ、男は直接的な刺激に反応する生き物だから、それは忘れろ」 「──ッ!?」  また口に出てしまったようだ。 「大変だったね。警察から色々聞かれたの?」 「そりゃあもう、はい……」  思い出したくもない事をたくさん訊ねられた。勃起しちゃったからなー!でもでも! 「イキそうだったのは黙った」 「そうか、その方がいいよね」 「ッ……」  もう何も考えるな、俺。  何も考えずに目の前の事に集中しろ、俺。 「それより昼だから、カモノハシも食事してからおいで」 「はい」  そう言って去って行く後ろ姿を見ていると、今度はちゃんと稲葉課長の餌食にならなければと思うのだった。  
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