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 意外にも稲葉課長は痴漢されたから遅刻した事を誰にも言っていなかった。二人だけの秘密にしてくれるって、出しちゃう寸前で痴漢だと気付いた俺にとってみたらとてもありがたい事。  優しいな、稲葉課長。  早く……早く、出張で二人きりになりたい。  そんな事を考えて気付いた。ああ、きっと稲葉課長もそういうつもりなのかもしれないと。  お昼がっつり今日もとんかつ定食な気分の俺は、昨日行った店に入るとすぐに名前を呼ばれる。 「カモノハシ君じゃん」 「朝宮さん!」  ああ、ちょうどいい相談相手。爽やかで半透明な彼はとんかつ定食を食べることもあるのか。爽やかだから野菜スティックとか笹とか食べてそうなのに、こんな場所で会うとは意外と肉食なのかもしれない。 「ヤリチンだ」 「え?昔はね?今は違うから」 「あっ、あの、あはは」 「それよりカモノハシ君、ちゃんと観た?」 「何をでしょう?」 「大海原男山だよ」 「あ、今夜観ます」  間違いなく肉食だなと思いながら、運ばれてきたお冷を飲ん爽やかで半透明な朝宮さんを見る。 「あの、大海原男山て有名なんですか?」 「らしいね。言われるまで知らなかったけど」 「朝宮さんも観たんですか?」 「観たことあるよ? 真琴と一緒に」 「真琴さんて恋人?」 「そう、恋人」  そのシュチュエーションを想像すると顔が熱くなる。俺も稲葉課長と観ることになるのだろうか。そんな、そんなっ。 「二人でエロビデオ」 「でも稲葉とは観ないのをオススメするね」 「なぜ?」 「稲葉に観せたら引くから。それよりも勉強しないといけないのはさ、カモノハシ君だよ」 「おべん……きょ」 「うん。稲葉はエロいことするだろうけど、カモノハシ君がリードしてあげないと、ね?」 「なるほど!稲葉課長は草食なんですね?」 「ん?んー?まあ、うん、喰われるの。君に」  綺麗な目が細められ、何とも卑猥な目つきになる。 「その為にはカモノハシ君が勉強しないと」 「はい。勉強します」 「出張っていつ?」 「来週の金曜日です」 「おー、決戦は」 「金曜日……」  目を合わせてニヤリと笑う俺たちは、のどかなとんかつ屋の中では異様な雰囲気だったと思う。  仕事に戻ってからは勉強の事が頭から離れなくなった。考えてみたら俺はそっちの知識は皆無で、まるで赤子のような状態だ。  稲葉課長をリードするなんて、思っている以上の知識が必要なんじゃないだろうか。 「ヤバイ……時間が足りない」 「カモノハシ、これもしてくれる?」 「はい」  ドキドキしながら稲葉課長から書類を受け取り、仕事を早く片付けて勉強しなければと焦る。こんなに勉強しようと思ったのは自動車教習所の第一段階の効果測定以来だ。あんなに勉強したのに未だにピンとこない。 「何が何でも優先、魔法の陣地安全地帯」 「カモノハシ、口を開くな」 「はい!」  また出てしまった。気をつけなければ!  ああ、しかしリードするというのは大変な事だ。考えてみれば稲葉課長も大変だ。きっとたくさん知識を頭に詰め込んで、たくさん経験を積み重ねて課長になっている。  経験……待て、待て、待て、ん?マジか!もしかして実践も必要だという事だろうか?えー!でも! 「俺無理。稲葉課長意外の男となんて嫌だ」 「カモノハシ!!」 「はい!」 「…………」 「え?」  固まっている稲葉課長に困って首を傾げる。 「あの、稲葉課長?」 「あ?うん、あの、仕事しなさい」 「はい!」  チラッと稲葉課長を見れば困惑の表情に恐怖が混ざっているように見える。どうしたんだ?もしかしたら仕事で間に合わない事があるのかもしれない。  急いで自分のを片付けて手伝ってあげなければ!
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