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ああ、運というのはここまで無いと清々しい気がする。
東京の人口 約1399万人が好き勝手に動いているのに、なぜ鬼の稲葉課長が目の前にいるのだろうか。
この男が少しでも優しかったら何もかも違ったろうに。
「カモノハシはいつもこの電車なの?」
「はい……あの、鴨橋……です」
「そっか、じゃあ今までたまたま会わなかったんだ?」
ああそうか、東京の人口 約1399万人が好き勝手に動いてて、幸運が昨日までずっと続いていたんだ。
そして今日になって幸運は幕を閉じ、稲葉課長という鬼が目の前に現れたに過ぎないのか。しかしこの人っていい匂いする。これはカジュラ化粧品の匂いではないな、なんだ、俺みたいに真面目にカジュラ化粧品の爽やかシトラスボディスプレーなんて噴射しても一向に株は上がらないのに、鬼の稲葉は我が社の物を利用せずに出世していくのか。
世知辛い、実に世知辛い世の中だ。
「カモノハシ、駅だぞ」
「はい……」
と言う事は、このまま二人並んで出社するのか。付かず離れずで無言のまま出社して、それってもう……。
「地獄じゃ〜ん」
「あ?地獄?」
しまった。また声が出てしまった。
背の高い鬼の稲葉はメンズアップバッグの髪型に耳上と襟足に軽くツーブロックを入れ、嫌味ったらしいほど爽やかさを演出しているがただの鬼だ。
女が二度見するのを見るとやはり世の中ってクソばかりだな。
「早く行くぞ」
「はい……」
「カモノハシは返事だけはいいんだけどね」
「すみません、ダメ人間で」
「ダメ人間とまでは言ってないんだけどね」
「ダメ人間です」
「おいおい、朝っぱらからなんでそんなに卑屈になってるんだ」
「すんません」
意味不明な謝罪に鬼の稲葉は困ったように笑い、不覚にもその横顔で世の中の女と同じになってしまうところだった。
端正な顔というのは男から見てもかっこいいと思えるものなのか、凄いな、鬼の稲葉、なかなかやるじゃないか。
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