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 しかし稲葉課長が俺の親とはみんなどんな認識をしているんだ。仕事に戻って稲葉課長をチラチラ見てしまう。あの人が俺の親か……。 「俺のパパかぁ」 「カモノハシ、これもお願い出来る?」 「はい!」  最近ちょっと太ってきた実の父を思い出すと、稲葉課長とは比べるのもおこがましいような気がする。動物園近くの実家で育ち、よく脳内散歩で海外に行く妄想帰国子女だった。  もしも、もしもだ、稲葉課長が俺のパパなら……。 「毎日怒られるんだべな」 「カモノハシ、この書類を朝宮に届けてくれる?」 「はい!」  稲葉課長から書類を受け取ると朝宮優弥さんの所へと急いだ。ゲイを公言している朝宮さんは最近になって遊び人から落ち着いたと周りの噂で聞いたが、爽やかを絵に描いたらあんな感じになるんじゃないかなって思う。いやむしろ、爽やか過ぎて、半透明。 「あれ?カモノハシ君じゃん」 「あ、朝宮さん!お疲れさまです!」  朝宮さんと廊下でばったり出会して半透明で見えない彼に稲葉課長から渡された書類を手渡した。  今日も爽やかですね、朝宮さん。爽やか過ぎてもう見えないです。 「最近どう?」 「相変わらずですよ」 「そっか。 お、さすが稲葉、わかりやすい」  書類を捲り見ている朝宮さんはかなり遊んでいたと聞いたけれど、相手にするのは……。 「男なんだよなぁ」 「ん?」 「いえいえ、すみません」 「はは、稲葉の言ってた通りだ」 「え?稲葉課長がなんて?」 「独り言が凄いからその度に指示してるとか」 「え〜……あれ?ん?あの、そうですか……」 「そう聞いてる。ありがと!じゃ、後でね」 「後で?」 「聞いてない?」  引っかかるものを一度引っ込めた。何かあったかなと考えても考えても愛想笑いだけで何にも思い浮かばない。稲葉課長が俺に何かを言い忘れたのかな、それともポンコツ頭だから忘れてしまったのかもしれない。でもポンコツなんかじゃ、ポンコツなんかじゃ……!! 「ポンコツです」 「ん?自分が?」 「はい」 「なんだよそれ。大丈夫、君はそのままでいいよ。今夜は飲み会だよ」 「あ゛!!」  笑いながら去って行く半透明がしっかり見えなくなると、飲み会という不運を忘れていた自分が情けなくなった。  あー、今日は朝から稲葉課長と一緒で、でも鬼の稲葉は俺の親で、そして夜まで顔を合わせなければいけないんだなって。  昨日に戻りたい、戻って今日を思い出すんだ。そしたら電車の車両も変えて、そして勃起なんて言葉を使わずに飲み会だけを嫌だなって思っていられるのに。ん?でも戻って今日を思い出したら今日はあった事になってしまうから、それなら知らないまま昨日に戻った方がいいんじゃないだろうか。  でもそれって……。 「やっぱり朝から地獄じゃないか」 「地獄ってなんだよ」 「あ、あの……朝宮さんに渡してきました!」  いつの間に自分の部署に戻っていたんだ?もしかして。 「はい、どこでもド」 「カモノハシ、確か宮城だったよな?」 「はい」  返事をすると稲葉課長は少し申し訳なさそうな表情になった。
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