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「悪いんだけど、宮城に行かなきゃならなくてね」
「宮城はいいですよ〜、笹かまもありますし、ずんだシェイクも美味しいし!俺、ずんだシェイクなんて点滴したいくらいですよ!!」
稲葉課長はどうやら宮城に出張が決まったらしく、鬼がいないのは実にいい事だなって思って宮城をゴリ押しした。
「そうかそうか。それで、カモノハシも同席してくれない?」
「そりゃあもう喜ん……え?鬼とですか?」
「ほー、鬼ってのは誰のことなんだ?」
「いえ、いや、あの……え?鬼?」
仲村が背後で吹き出したのが分かったが、俺はもうパニック状態だった。鬼と口にしたのは確かに申し訳ないとも思うのだが、鬼と一緒に並んで新幹線で宮城に行くなんてもうそれって……。
「地獄以外のなんだってんだ」
「ほー、地獄?」
「いや、あの……宮城なんて地獄ですよ稲葉課長。知ってますか?宮城って何にもないんです。あるのは、」
「笹かまと点滴したいくらいのずんだシェイクだよな?」
意地悪な顔で微笑む稲葉課長は不覚ながらもかっこいい。だが、目は腐ったみかんを見るような目だ。
「行きます……行かせて下さい……宮城へ」
「そうか、良かった。じゃあ、頼んだよカモノハシ」
「はい」
カモノハシ倫也、鬼の稲葉と宮城へ行くことになりました。
ああ、もうどうなってもいい、どうせ碌な人生じゃなかったんだ。長く続いた人口約 1399万人の会わない幸運は既に崩れてしまったのだから。
もう、どうにでもなれ。
それから俺の思考は久しぶりに停止した。脳内散歩なんてどころではなくなって、コワイよー、コワイよー、いやだなー、しかない。
「カモノハシ?」
「へ?」
呼ばれて顔を上げれば、そこにいるのは心配そうな顔で俺を見ている稲葉課長だ。この人はこんな顔もするんだ、そう思うと怖さはあるのに緊張はしなかった。
「凄い静かなんだけど、大丈夫か?」
「だいじょぶです」
「そう?ならいいんだけど。もう定時も終わってみんな飲み屋に行ってるからさ」
「へ?え?え?うそーん!?」
周りを見ればもう誰もいない。此処に居るのは俺と稲葉課長だけだ。
脳内散歩をしていないのになぜ現場から離されるのだ。それってもう。
「病気だべ」
「いや、集中してたんだと思うよ?」
確かに手元には明日やるべき事も既に終わらせた書類がある。こんな事は初めてだった。
「運の代わりに知識を……知識を手に入れたかもしれない」
「いや、集中してたんだと思うよ?」
稲葉課長はいつも怒っているイメージだったが、何もせずにどうやら俺のことを待ってくれていたらしく、立ち上がり準備をして二人で会社を出た。
なんだ……。
「稲葉課長って優しいとこあるんだ」
「……」
朝のような緊張もなく賑やかな居酒屋に着いて店内に入ると、もう既に出来上がった連中が騒いでいた。
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