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「遅かったじゃん、稲葉とカモノハシ君」  呼んだのは半透明の朝宮さん。唯一お酒に呑まれていない彼の近くに腰を下ろすと、店員は飲み放題が残り時間30分だと伝えてきた。  いくら遅れて来ても払うものは払わなければならないのが世の常で、こうなると飲まなきゃ損だと思うのは俺だけではないはずだ。  稲葉課長と朝宮さんのWイケメンコンビを独り占め出来る場所に座りながら、出されたビールをがぶ飲みして店員を呼ぶ。  30分、30分という限られた時間で元を取らなければならない。それは時として、とても過酷な修行とも似ている。  昔雑誌で読んだのだが、店側が飲まれて困るのは100%のジュースとビールだったはず。困らせてやろうではないか、と火がついた。 「ビール、大ジョッキで」 「そんなに飲んで大丈夫なの?」 「大丈夫です。俺、お腹空いてるんで」 「それがヤバイんじゃないの?」  半透明の朝宮さんがもはや何処に座っているのかも分からない。 「おいおい、元を取ろうとしてるだろ?」 「んな、ちっこい男と違いまんがな」 「あ、ダメだ。酔ってる」  困った顔を見せる稲葉課長には悪いが、今はそれどころではない。鬼と宮城へ行くという過酷な運命に苛まれた俺はほんの少しだけネジが浮いている状態だった。  何か一つ、何か一つでいいから成し遂げたい。  それが今、ビールという形になって目の前にある。そこに山があるから登るように、ビールを出してくれるから飲むのだ。 「稲葉は最近いい人出来た?」 「毎日仕事。休みは寝てる」 「うわ、お前もう年寄りだな」  随分と面白い話をしているじゃないか、常に口がジョッキと繋がっている為に話に混ざることは出来ないけれど、稲葉課長はどうやら毎日仕事をして寝ているらしい事が分かった。 「一人でつまんなくない?ってか、お前も男相手にすれば?ほら、此処にこんなに美人なカモノハシ君が酔ってるじゃん」 「えっ!!俺でしゅか?え?」  言った後に気付く。朝宮さんは男が好きだったと……。 「男とどうやってするんだ」  ついつい口から言葉が出てきてしまうが。 「どうやってって、女と同じだよ?」  朝宮さんは返事をしてくる。  しかしだ……。 「女の人は祠があるらしい」 「あ?祠?ほこら?」  チーンと固まった稲葉課長は、何を言ってんだ?と表情だけで伝えてくる。  眉間に皺を寄せて見詰めてくる男二人は、完全に変質者を見ている目だ。 「カモノハシ君て……したことある?」 「あは、え?はははは……」  ヤバイ、こんな時に何人と言うのが正解なんだろうか?世の中のアンケートで何人と書くと無難な数字になるのだ?5人なら遊んでそう、1人なら経験が無さ過ぎる。人は嘘を吐く時にだいたい3という数字で答えるらしいから却下。  バレないように、絶対この男二人にはバレたくない!正直になんて絶対言わない! 「童貞なんて絶対に言いたくない!」  言わないぞ、絶対に言わない。
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