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誰もいない。出来るだけ気配を消すように、身を屈めてゆっくりとキッチンへ入った。これといった変化は無かった。今度はソファーの置いてある右奥のリビングへ視線を伸ばす。キッチンとリビングは襖を外すことで一繋がりとしてあり、拓也のいる場所から見渡せた。
しかしソファーの右端は、手前に置いてある大型液晶テレビにより死角となっていた。死角になっていない空間にはソファーの左側が見える。拓也が左へと頭を移動させると、死角に隠れていた景色がゆっくりと現れる。一番右端まで確認したが、ここにも誰もいなかった。
ゴトッ!
キッチンの調理場から突然発せられた生音に、拓也は肩を跳ね上げた。振り返ると、アイランドキッチンの入り口の床に、力なく横たえる白く細い手首が見えた。床は一面濡れていた。
「母さん!」
拓也は駆け寄ると、床を濡らしていたものが何かを直ぐに悟った。立ち止まっている場合ではない。調理場を覗き込むと、彼は更に愕然とした。
そこには、母に覆い被さるように父もいた。二人とも赤く染まり息絶えていた。血色があり、拓也が帰宅する直前に起きたことだと直ぐに分かった。
「父さんまで……どうして。どうしてこんなことに」
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