偽装結婚

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偽装結婚

 この中に裏切り者がいる、虚栄心で塗り固められた人間が幸せを祝い笑い合う式場として選ばれた、指定有形文化財にも指定された昭和初期の代表的華族邸宅、これぞ上流階級。 「所在なさげだな、昌弘、グラスが空いてるぞ」 「・・・いいんだ、ほって置いてくれよ、ただの置物だと思ってくれ僕を」  当時は舞踏会を行っていたというパーティールームを披露宴会場にした、計算し尽くされたテーブルの配置に辟易した昌弘は、大学時代に知り合った本日の主役である新郎の席から近い席に一人で、所在なさげに視線を彷徨わせる。隣に座る友人が優しく話しかけてくれた気持ちに答えられない、参列している煌びやかな人達が次々に席を立ち夜景の見える庭先に向かった、新郎新婦の挨拶も早々に終わり立席パーティースタイルに様変わりした様だ。 「これはキャパオーバーだ・・・冗談としか思えない」  一人遅れて広大な庭の芝生に足を踏み込む昌弘は涙を堪え様と深呼吸をした、夜の暗闇にライトアップされた庭園はこれまでとは一転してパーティー気取り、肩の力が抜けた人々。 「昌弘、ここにいたのか」  出来るだけ照明の光から逃れて暗闇に溶け込んでいた昌弘は、突如声のした人物の気配に小さく悲鳴を上げた。咄嗟に口を手で抑えるが、近付いてくる新郎の数馬は、そんな些細な昌弘の動作も見逃さないと厳しい視線を送る、そしてさり気なく昌弘の手に軽く触れた。 「今日は一言も昌弘と話していないよ、俺との約束は覚えているだろ?だから安心して」  格式高い空間に緊張をしていたわけではない、慣れない礼服を身に纏っている昌弘は触れられた手で蝶ネクタイを無意識に弄りながら、上目遣いで見た長身の数馬の顔が徐々に近づいてくる事に身震いした。理解不能だ、昌弘の耳元で『愛してるよ』と囁いて来た数馬が。 「これは偽装だ、昌弘に教えなかったのは、逃がしたくなかったからだ」 「頭がおかしい、結婚する相手がいたなら・・・別れるから、言ってくれれば」 「そうやって俺を簡単に捨てる昌弘が許せなかった、俺の家の為だとか将来を思ってくれても、昌弘に強く執着されない俺はただ不安だった、聞いてこれは偽装結婚だ」   光の下で綺麗な新婦が騒いでる声が昌弘の胸を抉る、とても超えられない壁に感じた、あの人には絶対に叶わない、偽りの結婚だとしても世間で認められた関係だ、それすらも昌弘は実現出来ない。数馬は強引に愛で昌弘を縛り付け、極めつけはこの光景を自分に見せた。 「あの人と一緒に暮らすの、僕の事は知っている?・・・」   質の悪いサプライズだと言ってくれ、震える手で今にも泣きだしそうな瞳を抑えている昌弘の目の前で、フルートグラスに注がれたシャンパンを優雅に口に含む無神経な男に、初めて殺意を覚えた。大学の時に美貌の数馬と出逢い強引に恋人として関係を構築され、彼の独占欲で息を吸う動きも監視された、逃げられないと恐怖で受け入れた日から、数馬の思いの真摯さに絆されて愛情を抱く様になった昌弘。人生を壊され、彼は最後も盛大に狂わした。 「知ってるよ、昌弘はこれからも俺と一緒に生きて行く、逃がさないって言ったよね、あの人は理解のある女性だから安心して、彼女も俺と同じ理由で契約結婚を受け入れた」
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