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「何それ・・・どうして、今ここで知らないといけないの・・・酷い、人でなしだ」
思考がまるで絡まった紐を解く様に混雑している、なら何故それを事前に教えてくれなかったのだ昌弘は困惑した、自分はもう逃げない、自分の心の変化を数馬が信じてくれれば悪質なやり口で苦しませる事も無かった。逃げないのに、もう数馬だけを見ていたのに。
「昌弘、これは俺達の未来を考えた結果だ、これ以上俺にどうしろって言うんだ」
数馬は動揺している昌弘を落ち着かせようと抱き締めてくる、何を考えている影に隠れていたとしても自分達の関係は隠せない、友人もどこかで勘付いていた、隠さないと。
「教えて欲しかった、僕は数馬の傍からどこにも行かない」
「偽りの結婚だと事前に教えるわけがない、さっき、別れると言ったよね?ほらね、昌弘はまた逃げようとした、駄目なんだ、俺が昌弘以外の人間を選んだ時が見たかった」
「別れたくない、でも仕様が無いじゃないか、僕じゃ不釣り合いだ」
式場で一人泣いていた昌弘を皆が笑って親友思いだと慰めていた、明るい輪の中で一人昌弘は裏切られたと思った、自分をここまで狂わせて、別離の最後を見届けろと。昌弘は初めて嫉妬を覚えた、数馬の横で幸せそうに微笑む新婦に何度も何度も繰り返し嫉妬した。
「僕以外の人と笑っている数馬の姿を見て、僕は嫉妬したよ、これで満足かな」
「愛してるよ昌弘、ああ、愛おしい人」
頬に触れた手から思いが伝わって来るかのような、そんな狂おしい感情に昌弘は感情が爆発しそうだと呼吸さえも止めたかった。ふと誰が見ているか分からない庭で、数分間も新郎を独り占めしている昌弘は思い出した、この男と交わした約束を、契約結婚というこの男にあれは今も生きているのだろう。昌弘が熱い視線を向けてくる男を見つめた。
「僕は一生数馬だけの存在、数馬以外に心を許さない、僕を愛していいのは数馬だけ、そして数馬も一生僕だけの存在、僕以外を愛する事も無い」
薄暗い闇の中で数馬は綺麗に微笑む、彼はいつだって周囲から昌弘を遠ざけた。
「そうだよ、昌弘は俺だけが独占できる愛せる存在だ、そして俺の全ては昌弘だけのものだ、だから面倒な形式も済ませた、これで昌弘に危害を加える親族もいない」
何故ここで抱擁も口づけもしてはいけないのか、隠れて愛を語らければいけないのか。
「昌弘、今夜ホテルに来てね、これは俺達の結婚だ、これで君は永遠に俺だけのもの」
本来であれば新しく夫婦となる二人が使う予定のホテルの一室で、昌弘は決して逃げようと思わなくなった愛しい数馬に抱かれる、それでいいのだろうか、そう心が揺れている昌弘の唇に数馬は口づけを降らした。まるで密やかな結婚式を行う様に、二人だけの儀式。
「来なかったら、どうなるか分かるよね?昌弘」
大丈夫、誰も裏切っていない、彼等が望んだ虚構を祝っているだけだ、大丈夫。
「僕を閉じ込めるんだろ」
「そうだよ・・・ああ、幸せにするよ昌弘」
遠くで数馬を呼ぶ声が聞こえた、雲隠れしていた新郎は軽く舌打ちをし暗闇の中から薄く見える美しい笑顔を昌弘に捧げた。
これで僕らの歩むレールは何処までも一緒だと。
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