1 月明かりすら無くて

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「よっ」 「久しぶりだな」  ホテルの最上階のラウンジは、この時間でも割と盛況だ。程々に人間はいるのは都合の良いことで、数の中に紛れられるので、なんだかんだで小野寺はこの場所をよく使うようになった。  佐伯は、スタッフに連れが自分である旨を伝えていたのだろう。入り口で名前を告げると、そのままヤツのいる席まで案内された。  佐伯との待ち合わせは、いつもこのホテルのラウンジだ。カウンターよりも、奥まったソファセットで軽く夕食を取りながら、ワインを開けることが多い。佐伯は、値段と味は比例すると頑なに信じているらしく、組み合わせを無視して、常に高いものを頼みたがる。何度言っても聞かないので、もう口出しするのをやめてしまったが、小野寺は佐伯のそういう俗なところが、実は嫌いじゃなかった。  医者仲間は結構同じような感じだ。ボンボンの連中も多いが、一発当てて急に金を持ってしまった連中も一定数いて、佐伯がその典型例だ。自分のような三代続いた医者の家系の跡取りなんて、佐伯が一番嫌いそうな人種なのに、何故かずっと付き合いが続いている。 「早かったな。待たせたか?」  小野寺がそう声を掛けると、佐伯はグラスを掲げて機嫌よく迎えてくれた。 「いや、俺もさっき来たところ。適当に注文して勝手に始めてるぞ」 「おう、そのようだな」  佐伯の外見は、いわゆる「優男」だ。少し長めに伸ばした髪がいっそうそれを助長している。悪い意味での男臭さのようなものが希薄なので、意外と女性患者の受けが良いらしい。小野寺のような元体育会の人間からすると真逆で、一見すると軟弱そうに見えるが、中身は結構逞しくて抜け目のない男だ。 「久しぶりだな。相変わらず忙しそうだな」  小野寺がそういうと、佐伯はニターっと笑った。佐伯は皮膚科医だが、最近は特に美容方面に力を入れている。ヤツの医院の前を通ると、いつも駐車場が車でいっぱいなので、良く儲かっているのだろう。 「診療が忙しいことよりも、またスタッフが何人か辞めるって言いだしたんだよ。そっちの方がストレスだ」 「ああ、そういうことか……」  同業なので、小野寺もあらかた察しが付く。開業医は経営者の側面も大きい。人事のことは常に頭が痛い問題だ。自分だってさっきまで同じようなことを考えていた。  食事が運ばれてきて、あれこれ摘まみ始めると、佐伯は多少の酔いもあるのか、いつも以上に饒舌になってきた。話題が豊富で話上手の佐伯が興に乗ると、毒舌風味が混ざる。  そういうクソ話は、疲れた頭には適度なリラックス効果があって、好きなワインを傾けながらBGMとして聞いている分には、小野寺も嫌いじゃない。  ふと、佐伯が話を止め、カウンターの方を舐めるように見始めた。
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