1 月明かりすら無くて

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「なあ、小野寺」 「うん?」 「あそこの二人連れ、DomとSubだろう?」  佐伯が顎で指した先には、親子ほど年の離れた男女が寄り添うように座っていた。一見すると単なる不倫カップルだが、珍しいなと思ったのは、初老の男性のYシャツの襟からカラーがちらちらと覗いていたことだ。  Subがパートナーの証としてDomから贈られるカラーは、見ようによっては犬の首輪のように捉えられるので、人口の多数を占めるDomでもSubでもないNormalの連中は顔を(しか)める人も多いし、たとえ日常的に付けていたとしても、通常の生活の場では隠すのが普通だ。 「ここでチラ見せで付けてるってことは、今もプレイの最中なのかな」  佐伯が小野寺の耳元に口を寄せ、そう囁くと、少し媚態を取るように上目遣いになった。  ハイハイ、もうご所望ですか……。  小野寺は、話を振ってくる佐伯の言いたい事の察しはとっくに付いていた。佐伯の今晩の呼出も、ストレスの放出の為なのだろう。 「だろうな」  小野寺は、佐伯の発言にいい加減な返事だけして、ヤツの媚態を取り合えず無視し、グラスの残りをゆっくりと飲みつづけた。  その無視は、佐伯にとっては結構ヨかったらしい。向かい合わせに座っていた席を立ち、小野寺のよこに座り直した。 「コマンド、出せよ」 「は? ここでか?」  佐伯が生唾を飲み込む音が聞こえた。目を見ると、さっきの上目遣いが期待に満ちて潤み始めている。  静かなラウンジで、お互いが見ないふりをし合っている場だ(不躾な佐伯が例外だ)。さっきの歳の差カップルは席を立ち、どこかへ消えようとしている。彼女が前を歩き、男はそれに従うように一歩後ろにいるのは、いかにもDomとSubの振る舞いだが、あからさまではない。  誰もが密やかにしているのに、欲しがりのこいつは節操がない。そして、そんな佐伯の欲望に便乗してやれと思っている自分は、輪をかけて節操がないということか。  小野寺は、観念することにした。 「部屋に行くか……」 「そうこなくちゃ」  佐伯は、すでに部屋の用意はしていたらしく、スタッフを呼んでチェックを済ませると、さっさと移動しようとする。 「おい、コマンド出せって」  佐伯が再度求めた。DomはSubを支配したいという欲求があると言われるが、真実はどうなのだろうと小野寺は常に思っている。プレイの主導権はいつもSubが握っている。今だって、命令しろと命令されている。 「”Shut Up” 黙れ」  小野寺のわざとキツく言ったその言葉に、佐伯はピクンと反応をした。
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