奇跡の引きこもり

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それにしても、『電車男』か… 嫌な記憶と良い記憶が思い出されるワードだ。 まてよ、こいつ電車にも乗ったことないのか。結構重症だな。オレでも電車は乗った事はある。 というかめちゃくちゃ乗ってたし、好きだった。 元々オレは電車オタクで、夢叶って鉄道模型の店で働いていた。が... 思い出したくもない、考えるのやめよう。 『はは、電車男なんて、オレには名乗るの烏滸がましいですよ。30年も乗ってないし。』 『そう?良いと思ったんだけど。「奇跡の引きこもり」を私に譲って、あなたが「奇跡の電車男」。』 『アンタどんだけオレのハンドルネーム欲しいんですかwww』 『いやいや、あなたには電車男の方が似合うから!というか、そういう運命だし!』 いやいや、なんで見ず知らずのアンタにオレの運命わかるんだよ。スピリチュアルだかなんだか知らないが、なんかムカついてきた。 『怒らせてごめんよ。でもきっと良い事起こるよ。』 いや、なんでこっちの気持ちお見通しみたいになってんの!?気持ち悪!!良いことなんてあるかよ!! とか思ってると、 ブーッ ブーッ ブーッ 振動音を出しながらスマホがカタカタと揺れた。 引きこもりニートのスマホは滅多に揺れない。何事だ。 『着信:母』 あれ、父と映画に行くって言ってなかったか? 出かける時は、行かないという返事がほぼ分かりつつ、毎回誘いにくる優しい母。普段滅多に電話なんてしてこない。 何かあったのか不安がよぎる。 『もしもし?どうした?』 『ちょっと大変なの!急いで布来門(ふらも)町駅まで来て! あと、椅子に掛かってる黒いカバンも忘れずに持ってきて!』 すごい焦り様だ。しかも黒いカバンには、保険証とかが入ってるはずだから、やっぱりなんかあったんだ。 『わかった。すぐ行く。』 ツーッと背中に冷たい汗が流れて、頭からお腹の底まで冷えてくるのを感じた。なりふり構わずに部屋をでて、リビングの椅子から黒いカバンを引っ掴む。 走りながら最寄りの駅までたどり着いた。実に30年ぶりだ。 「あっ、お金は?」 急いでスマホと言われたカバンしか持ってこなかった。カバンの中を漁ると、財布が出てきた。 「良かったぁ。切符切符!」 30年間で様変わりした駅に戸惑いながら、2駅先の布来門町駅の切符を買う。 周りを見ると皆ピッピッとカードをかざして入場している。あれがICカードか…情報は知っていたが、見るのは初めてだ。 あれ、改札も変わってる。 IC専用!?切符入れるとこが無い。 どこなら入れられる!?? モタモタオロオロしてると後ろに人が並んでしまった。いかん。一回避けよう。 避けた先、目の前の銀色の柱に映る歪んだ自分の姿。 ボサボサの髪。ボーボーの髭。ヨレヨレのジャージ。つっかけサンダル。そんなヤツがハアハア息を切らして立っている姿は控えめに言って異様だ。 名無しのやつめ、何が『良い事起こるよ』だ。最悪なんだが。 恥ずかしさで死にたくなったけど、そんな事言ってる場合じゃない。今親孝行しないと一生後悔する、と思う。 1番端っこの改札は、切符が入れられるヤツだった。 後1分で電車が来る。 入場。ホームへ小走りに向かう。プシューと電車が止まりアナウンスと共に扉が開く。
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