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叩きつけるように緑の紙をテーブルの上に置く。驚いた顔をした旦那に気づかないふりをして、ペンを添える。
「なるべく早くお願いします」
できるだけ感情的にならないように深呼吸を繰り返す。ここまで、きちんと妻と言う役割を、母という役割をこなしてきた。もう一人で、自由にならせてほしい。
「待ってくれ、話をしよう。何が不満だったんだ」
「そういうとこ全部」
身も蓋もないだろう。わかってる。始まりはかっこいい先輩で私から好きになった。私からなんだっていいから付き合ってくれとアプローチした。それに、結婚したいと言ったのも私。うん、全部過去のことだ。
わなわなと震えて見える彼の左手は、怒りなのか、焦りなのか、悲しみなのか。そんなことはもう私にはどうだってよかった。
「サキが社会人になったのだって昨日じゃないか。これからは、夫婦二人の時間をって」
「私、そんなこと一言でも言った?」
「いや、言ってないけど笑ってたじゃないか」
まさに、寝耳に水という感じで顔を顰めている。そりゃあそうだ。ずっと言わないで来た。ずっと、ずっと腹に据えかねたことを黙って飲み込んで来たんだ私は。
自分のためだけに入れたコーヒーを一口飲み干してから、笑顔を取り繕う。ほっと急に旦那の心が緩んだように見えた。それすら、軽く苛立ちを覚えてしまう。取り返しのつかないところまで、心が来てしまっているのだ。
「本気だけど」
「なんで……話をしようとりあえず」
「その話っていうのは、自分が正しいって主張して私の意見は聞かないであなたが満足するいつもの話の事言ってる?」
ツラツラと抱え込んでいたモヤを吐き出せば、少し心がすぅっと澄んだ気がした。
いつだってそうだ。何かある度に、私がSOSを出す度に、何かを吐き出す度に「話をしよう」それが彼の常套句だった。でもその話は、彼の自己主張であって会話ではない。
「そんなことずっと言ってなかったじゃないか」
「最初は言った。まぁ聞く耳も持ってなかったから、わかんないだろうけど」
「僕を選んだのは君だ」
「だから、終わらせるのは私」
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