今日から私は自由です

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 そこまで返せばぐうの音も出ないらしく、ごくりっと生唾を飲み込んだ音だけが静寂に波を打っていた。  彼と過ごす日々は、たしかに幸せだったし悪いことばかりではなかった。かといって、これから先も一緒に居たいかと問われれば、答えは決まってる。確実にNOだ。  こんなに人を好きになれるのは、初めてだと思った。一個上の先輩だった彼は、私の瞳には輝いて写っていた。決断力に優れて、誰にでも優しい。そんなところに惚れた。 「あかりさんは、プレゼンがうまいね」  褒められた時は有頂天になっていた。困った時は彼に相談したし、彼に認められるために彼の仕事の手伝いを率先して行った。 「先輩は、彼女とかいないんですか?」  そう切り出した時の驚いた表情。あの時のドキドキ。今も思い出せるのが、ほんの少し悔しい。思い返してみてから、目の前のおじさんを見つめて嫌な気分になる。 「どうしてこんなことに」  そう呟いた旦那を見つめながら心の中でぽつりとこぼす。「それはこっちのセリフだよ」とは言わないのはせめてもの優しさなのか、まだ微かに残ってた愛情なのか、それともただの情なのか。もうわからない。 「少し時間を置こう、もう少し考えてくれないか」 「時間はたっぷりあったよ。私はじっくり、それこそ二十二年間考えた」  本当に二十二年間考え通した。考えが翻ることは、一切なかったけれど。私なりに彼への声を上げていたつもりだ。何一つ、変わらなかったけど。 「どうして」 「わかったわかった。言って納得するならこうなった理由一つずつ上げてあげようか? そのかわり、泣き言も、怒るのも、そんなつもりじゃなかったもなし」 「わかった」   諦めたように頷いてから、無言で緑の紙を折りたたむ。ポケットに無造作に突っ込んでから、潤んだ瞳をしてわたしを見上げた。 「一日考えさせてくれ」 「どうぞ。私の考えは、変わらないけど」  彼の泣きそうな顔を見たのは、これで2回目だ。どうでもいいことだけど、そんなことが脳の中を通り過ぎて行った。
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