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「考えたんだ」
「なにを」
カレーを口に運びながら、口の中に広がる味に気分が逆撫でされる。喧嘩のたびに口の中に広がる味は、今までの苛立ちのことすら思い出させようとする。
「別れよう。きちんと紙にも書いた」
意外な言葉に、言葉を飲み込む。いつだって自分の思い通りにならない時は駄々をこねて、屁理屈を捏ね回していたのに。嬉しいことなのに気持ちが落ち着かない。
「わかった」
なんとか絞り出した言葉は、たった一言。彼は安堵したようにため息をついてから、カレーを口に運んだ。
「ただひとつだけ条件がある」
「はぁ」
大袈裟なため息をついてスプーンを置く。彼の目を見つめれば、怯んだように細められた。
「時々、会ってほしい」
「どういうこと」
「完璧に離縁するとかじゃなくて、猶予が欲しいんだ」
「家政婦しろってこと?」
「ちがう、ちがうよ! その、恋人みたいにデートをしよう」
意味が分からず、一瞬脳が止まる。恋人? 今更? 熟年夫婦よ?
何を言ってるのか分からず、じいっと黙り込んでしまった。彼は肯定と捉えたのか嬉しそうに笑う。
「君と離れたくない。今になって言っても嘘に聞こえるかもしれない。でも、君を愛してる」
「チープね」
「そう聞こえるかもしれない。だから、猶予期間として一年だけ。僕にくれないか」
悩んでしまう。正直に言えば、完全に彼とは縁を切って新しい自分の人生を歩みたい。それでもすぐに絶対嫌とは言えないのは、きっとここまで育んできてしまった情のせいだ。
一年という期間が区切られているから、もう少しだけ延長されたと思えばいい。それくらいなら良いかもしれない。
「わかったわ」
「じゃあ、これは明日出してくるよ」
「あなたが?」
「あぁ、今まで悪かった」
心の底からの言葉のように聞こえて、罪悪感が少しだけ湧き上がる。もっと言葉にしておけばよかったのかもしれない。それでも、私が傷ついてきたのが全て消えるわけではない。
「じゃあ、よろしく」
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