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「それで、帰国後のそのまま従僕として仕えてもらうことにした」
「それは承知しております。こちらにおります間は、サンダースの指示に従ってちょうだい」
妻が言えば、ケネスも頷く。
「承知いたしました。奥様」
妻が僕に目線を当て、尋ねる。
「全部、というのは、本当に全部ですの?」
「ああ、名前も、過去のことも、何も。……病院で目を覚ました時は、真っ白で……」
ケネスや面会に来た戦友やらに、名前を何度連呼されてもピンとこなかった。
ゴルボーン伯爵ユージーン・ロックフォード。これが僕の名だと何度も言われ、ようやく覚えたけれど、思い出してはいない。
「ご自分の名前もわからないということは……」
妻が探るように僕を見る。僕は申し訳なさそうに答えるしかなかった。
「……そう。すまないが、君のことも憶えていない。子供のことも……何もかも」
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