冷たい妻

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冷たい妻

「王都にもお見舞いに伺うべきかと思いましたが、お義母(かあ)様もついていらっしゃるし、かえってご迷惑になるかと思い、父とも相談の上、参りませんでした」    妻の言葉に、僕も頷いた。ロックフォード伯爵は僕を養子にはしてくれたが、それだけの縁だ。妻や子供まで押しかけては迷惑極まりない。 「それで構わない。僕も……何も覚えていないわけだから」  グレイグ夫人が新しいお茶を淹れてくれ、僕が手を伸ばすが、やはり見当違いの場所で空を掴む。妻がそれを見て、尋ねた。 「お砂糖は?」 「……二つ」  妻が白い手で角砂糖を二つ、カップに落とし、銀のスプーンで優雅に混ぜてから、僕の方に寄せ、僕の手を取ってカップの取っ手に導く。その小さな心遣いに、確かに彼女は僕の妻なのだと、僕の心が深く納得した。 「どうぞ」 「……すまない」  僕は熱い紅茶をすする。……さすが公爵家だけあって、茶葉も最高級。これは植民地産じゃなくて、東洋からの輸入品だろう。記憶がなくてもお茶の味がわかるってことは、僕も貴族のはしくれなのだろう。   「……それで、王都ではなく、こちらで療養なさるとお手紙にはありましたが」
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