冷たい妻

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「うん……何も覚えていないし、どうもロックフォード邸は居づらくて……それよりも田舎でゆっくりしたいと思って」 「――田舎で、ゆっくり……でございますか? あなたが?」    妻が、反芻するように呟く。そのアメジストの瞳には疑いの色が濃い。 「僕は――そういうタイプではなかった?」 「ええ、田舎は退屈で退屈で、虫も多いし嫌でたまらないとおっしゃっていましたが」 「――虫は、苦手かもしれない。でも都会は辛い。知らない人間がいつも会いに来て、僕の憶えていないことばかりしゃべるけれど、自分のこととも思えないし、騙されているのではと疑いだすと――」  妻は自分のカップにも砂糖を入れて混ぜ、優雅に一口飲んでから、カップをソーサーに戻す。 「そうですか。……ここは一応、あなたの家ですから、仕方ありませんわね……」    一応? 仕方ない? いや、ちょっと待てよ。  「……僕は君と結婚していて、君は僕の妻、なんだよね?」 「ええ。……書類上はそうなっておりますわね」 「書類上?」  僕は手にしたカップを慎重にソーサーの上に戻してから、妻に尋ねる。
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