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「ああ、よろしく。――その、事情は聴いていると思うけど」
「はい、すでにお手紙も拝領してございます」
執事のサンダースの後からは、紺色のドレスを着た年嵩の女が、銀の盆を捧げてやってきた。そうして、手早くお茶を淹れる。
「ええっと君は――」
女が手を止め、姿勢を正して頭を下げる。
「家政婦のマリサ・グレイグと申します」
「悪いね。……ええと、グレイグ夫人? その、何もかも忘れてしまったおかげで、世話をかける」
「いえ、めっそうもございません」
グレイグ夫人はそう言うが、目は疑わしそうに僕を見ている。――僕が、記憶を失っている、というのを胡散臭いと思っているのか。それとも、もっと恐ろしい話だが、僕は本当に、この家の当主なのか。
「……恐れながら。お体の方はもう、よろしいのですか」
そう言われて、僕は無意識に左目に手をやる。左目を覆うように、白い包帯を巻いている。
「体の方は、大丈夫。……目が……」
グレイグ夫人は戸惑ったように、執事のサンダースと顔を見合わせた。
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