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翌朝、粉雪の舞う中を、それでもルイーズは妻の義務として、馬車まで見送りに来た。出征するという僕になんと言葉をかけるべきか、彼女は悩んだ挙句、結局ありきたりな言葉をくれた。
「ご武運を……」
「ありがとう。……君も元気で」
それが、最後の言葉。死を覚悟した僕には全てが美しく見えた。雪の中にけぶる、雪を被ったアンペールの山並みも、何もかも。
ひっきりなしに続く敵の砲撃に、大地が揺れ、火薬の臭いが充満する。
「他はみんな下がったか?!」
「はい、後は大尉だけで!」
「じゃあ、お前も早く逃げろ!」
「それじゃあ大尉が!」
「煩い早く行け!」
最後まで食い下がる部下を追い払った瞬間、敵の砲弾が至近に直撃した。煉瓦の破片が飛び散り、それが僕の左の顔面を強打する。そのまま、地面に叩きつけられて――
真っ暗闇の中で、身体を動かすこともできず、横たわっていた僕に、何か黒い影が忍び寄る。
『ああ、これだ、この金色の瞳……』
ざわざわと這い寄る黒い闇が、僕に囁く。僕の大嫌いな、あいつに似た声。闇が僕を取り巻き、飲み込もうとする。
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