春 Gyroscopic

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 そんなことを考えている隙に横からアサがぼくのアフォガードにから桜サブレを奪ってゆく。  「食わねぇからだ」  「食べるよ、」  「そうか、ハチはお子ちゃまだから、アイスが解けてからじゃないと食えねぇのか」  「アサ!」  いや、その通りだけど。  サブレを半分取り返したところで、  「お、」  冴子さんが小さく声を上げた。  「河原先生じゃん」  釣られて窓の外を見下ろすと、  「あ、ほんとだ」  お堀に向かうベンチにひとりの青年が、腰掛けていた。  アンティークなツイードのジレに中折れ帽子、ひと時代遅れた珍妙な格好は間違いない、古典の講師、河原先生だ。  「どうしたのかな」  「花見?」  「ん〜、」  花見というには、沈痛な雰囲気がその背中から漂いでている。  「入水自殺、」  ポツリ、冴子さんが呟くのに、  「え? なんで?」  驚くけど、  「知らないけど、」  「けど、ありえるなぁ」  アサもいかにも神妙、みたいに頷く。
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