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あり得ないことだが、それでも信じずにはいられないこの状況。
男はペントハウスの上に立つ人物を見上げ、懇願するように叫ぶ。
「オイまだかよ!まだ呼べないのかよ!!」
そこへ「ドーン!」という爆発音と共に、足元が上下に揺れ、男は立っていられず、その場にへたり込んでしまう。
男は辺りを見渡す。
男と同じように、座り込み頭を抱える者や恐怖に悲鳴を上げる者、抱き合い励まし合う男女など、数十人の人々が同じ恐怖の渦に飲まれている。
男は這いながら、人々の集団に近づく。
「なぁ、警察は、いや消防は何て言ってるんだよ?」
スマホの画面を凝視する、一人の女に声を掛けた。
「ここは高すぎるって・・救助のヘリを飛ばすって言ってるんだけど」
女はスマホをタップし、耳に当てる。
「・・・もう!出てよ・・・何で出ないのよ!!」
「貸せ!」と女のスマホを取り上げ、履歴を呼び出し電話を掛ける。
呼び出し音は鳴るものの、相手は出ない。
「クソ・・クソクソクソォー!俺達どうなっちまうんだよ!!」
男はスマホを地面に投げつけ、頭を抱えた。
・
・
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時は一時間ほど遡る。
それは突然だった。
高層ビジネスビルの中層から突然の出火によって、高層ビルは一気に燃え上がり、上層部にいた人々は、その煙に燻り出される様に、上へ上へと避難して行く。
這う這うの体で、最初に屋上に辿り着いた男が目にしたのは、既に屋上に避難していたのか、一人の男が身じろぎもせず空を見上げ突っ立っている姿だった。
「お、お前は確か・・」
男はその人物を知っていた。
男は地上50階ある高層ビジネスビルの40階に居を構える、設計事務所に勤務する設計士の一人だ。
そしてその人物はCADオペレーターとして、本日付で派遣されてきた男。
朝礼での挨拶もそこそこに、業務へと移行したため、名前すらまともに覚えてはいない。
会話は精々昼休憩の時に、昼はどうするのか聞いたぐらいだ。
「無事だったか。ってかお前一人なのか?」
男は派遣の男に声を掛ける。
だが、その声が耳に入っていないのか、振り向きもしない。
「なぁ、お前大丈夫か・・」
男は近づき、再度声を掛けるが、派遣の男の顔を見、ギョッとする。
派遣の男は、空を仰ぎ見たまま白目を剥き、何かブツブツと唱えている。
「き、気色悪・・」
男の心の声が、口から完全に漏れている。
「今、何か言った?」
さっきまで空を見上げていた派遣の男は、男の言葉に反応したのか、男を振り返る。
機嫌を損ねたかと一瞬身構えたが、こちらを見る派遣の男の表情は、この非常時だというのに、どこか爽やかな微笑を湛えている。
「いや、ただ、何してるのかな?・・と思ってさ」
派遣の男の笑顔が逆に空恐ろしく感じ、追及する言葉も軟化してしまう。
「ああ、今ね・・助けを呼んでるんだよ」
表情を変えることなく、言ってのけた今の状況にピッタリの言葉。
だが男は思う。
(関わってはいけない男だ)
そんな中、遅れてきた避難者達が、ドッと屋上に雪崩れ込んできた。
「なんで一人だけ先に行くのよ!このアホ!バカ!薄情者!!」
避難者達の中にいた女が、男に向かって罵詈雑言をぶつける。
「おう、お前も無事だったか、ヨカッタヨカッタ」
その女の無事はどうでもいいかのように、抑揚のない返答をする。
「よかったじゃないわよ!このチ〇カス!!」
怒りが収まらないその女は、男と同じ会社に勤める同僚である。
「普段から鍛えてないからそうなるんだよ。それに、まだ助かったとは言い難いんだが・・」
その同僚だけではなく、一緒に上がってきた人達も一様に咳込み、クタクタになってその場に座り込んでいる。
非常階段を屋上まで駆け上がるにしても、自分達は10階分、より下の階の人々はそれ以上昇ってきている。
煙に巻かれていなくても、精魂尽きるのは納得できる。
「なぁ、お前携帯持ってるか?俺途中で落としちゃってさ」
男は、携帯を片手に非常階段を上がっている際に、手を滑らせて下まで落としてしまっている。
「ばーかばーか!アンタになんか貸すか!」
まだ怒りが収まらない女は、意固地になっている。
「いや、別にお前に借りなくても・・」
「あ、私、消防と今連絡取ってます。消防の人が、屋上に何人避難してるか聞いてきてるのですが」
避難者の一人が助けを呼ぶために、連絡をしてくれていた。
「助かります!え~と、1,2・・」
「全部で26人!数えるの遅いのよバーカ!」
やけに喧嘩を売ってくる同僚女。そんな状況か?と思いつつ報告する。
「26人です・・あ、ケガ人が・・・一人足を怪我してる人います」
車座に集まっている人々の中から、挙手にてケガの状況を説明する人が現れ報告に付け足す。
「あ、はい、はい・・え?・・もしもし?もしもーし!」
スマホで連絡を取ってくれている人が、声を張り上げる。
「どうしたんですか?」
男は訝しみ、連絡している人に聞く。
「こちらの状況を伝えたら、みんな一か所に集まって動かないようにと言って、電話が切れました・・」
「まぁ、こちらの状況は伝わったでしょうから、何らかの救助の手段を講じてるのかもしれませんね」
連絡内容を聞き、短絡的な言葉を吐く男。
「派遣くーん!どこ行くのよ?・・ちょっと危ないよ!」
少し目を離した隙に、同僚女と派遣男が何やら揉めていた。
「どうしたよ?」
男は二人の所に駆け寄り、同僚女に声を掛ける。
「派遣君がこの上に昇ろうとしてさ、危ないじゃない」
同僚女も派遣の男の名は知らないらしい。
派遣男はペントハウスの上に昇るためのタラップに、手をかけている。
「ちょ、待てよ!」
男は派遣男にしがみ付き、タラップから引き剥がす。
「チョマテヨゥって・・キ〇タクかっ!ぶははは!」
しょうもない所でツボって笑う同僚女。
「笑ってないで、お前も抑えるの手伝えって!」
何とか取り押さえ、三人揃って座り込む。
「はぁはぁ・・お前、あの上に登ってどうしたいわけ?」
以外に強い力で抵抗されて、息が上がっている男の質問に、きょとんとする派遣男。
「どうって、助けを呼ぼうと・・」
至極当然な事を言っているつもりなのだろうが、合点がいくわけがない。
「あれか?テレパシーでUFOでも呼ぼうってか?」
屋上で出会った時の派遣男の素振りをマネてお道化る。
「あ、分かっちゃいます?そういう事なんですよ」
男と同僚女は顔を見合わせる。
同僚女(やべぇ・・あれはやべぇよ・・)
男(だよな・・ここで逢った時から、もうビンビンにやべぇと・・)
「分かってもらえたのなら良かった。もう余り時間が無いので、早く呼ばないと」
そう言い、腰を上げようとする派遣男の手を引き、男は引き留める。
「待て、時間が無いってどういう事よ?」
まだ火の手が上がってきている様子はなく、時間が有る無いの判断が出来るものなのかと疑問に思う。
「ああ、それは僕がこの建物の構造図を見て、確認しましたから」
「構造図?それをお前は見たと?どこで?」
男の質問に溜息を吐き、派遣男は答える。
「何を言ってるんですかね、社員さんなのに・・会社のデータベースにありますよ、ここの構造図」
「僕はここに来て最初にしたのは、構造図からこの建物の脆弱性を確認してですね・・」
人差し指を立て、説明口調で語りだす派遣男。
「うおりゃあああ!」
同僚女は雄叫びを上げ、ラグビーフォワードばりのタックルを派遣男にぶちかます。
「誰か警察!警察を呼べーーー!」
お縄に付いた派遣男。いや警察なんてこれないので、大勢の人々に取り囲まれている。
「オイお前、ヤってくれたな、おおう?」
男は輩ばりに三白眼で睨みつける。
「何言ってるんですか、僕はこの建物の危険予知としてですね・・」
「だまらっしゃい!誰が一々構造図まで引っ張り出して防災考える!この派遣が!」
差別が甚だしい同僚女。
「ちょっとお前がだまらっしゃい。兎に角だな、後で警察に引き渡すとして、そのお前が言う時間っていうのは後どれぐらいだと?」
言い合ってる場合じゃない危機的状況であることには、変わりないのだ。
「そうですね、後30分もすれば中層部から崩壊、いや倒壊かな、正面にくの字に倒れちゃいますね」
「そうか、支柱コラムの少ない東面が、支柱の溶解で支えられなくなって・・」
ガン!と男の頭をグーで殴りつける同僚女。
「考察してる場合か!これからどうするのよ!!」
「殴ることないだろう!」と同僚女とワチャワチャとジャれる男を放置して
派遣男は唐突に立ち上がると、空を見上げる。
「反応がありましたね・・」
そうつぶやいた派遣男の額に、見たこともない紋様が現れ、浮き出すように青く光り出した。
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・
「あー!私のスマフォーーー!何するのよ!!!」
うずくまる男に怒りに任せて蹴りを入れるが、動こうともしない。
「なによこの玉無し!男なら何とかして見せなさいよ!」
有ろうが無かろうが、無理なものは無理である。
「あ、あれを見て!あれって救助のヘリじゃない!?」
避難者の一人が、遠くの方を指差す。
確かに、指差す方向にヘリと思われる物体が、こちらに近づいてくるのが分かる。
「やった!!助かるぞ!!」
避難者の人々が歓喜の声を上げる、その時
地鳴りのような音を響かせ、徐々に足元が斜めに傾き出す。
「うおお!ヤバいヤバいー!ヘリはー!ヘリはまだかよ!」
一縷の望みである救助ヘリは、目前にまで迫って来ていたが、そこで突然急旋回をし、脱兎の如く飛び去って行く。
「なんで?・・なんでだよ・・オイ!待ってくれよ!!オイーーー!」
避難者達の悲痛な叫びが飛び交う中、急激に辺りが暗くなる。
「はぁはぁ・・なんだ・・」
太陽が雲に隠れたのだろうか、急な変化に何事かと上空を見上げ、絶句する。
一言で言えば、円盤。
それはベタすぎるほどのアダムスキー型。
上空を傘を広げたように、ビルの平面と同じぐらいの直径を持つUFOが、静止している。
「あれ、あれ見てよ!」
同僚女の指差す先、ペントハウスの上で派遣男が、まさにUFOを迎え入れるように両手を広げている。
「あいつマジか・・マジで呼びやがったよ・・ははは・・」
男は避難者達に呼びかける。
「みんな大丈夫だ!助かるぞ!あれは俺たちを助けに来たんだ!」
その言葉に避難者たちの歓声が沸き起こる。
普通、そんなものが舞い降りれば、恐れ慄くのは必然。
だが、それまでの派遣男の行動と不可思議な現象、そして今そこにある危機が避難者達の心を一つにした。
「救世主」
「みんなもあの上に登るんだ!急げ!」
男は、避難者を先導し、ペントハウス下まで皆を集める。
少しずつ傾き続けるビルの屋上で、誰かが呟いた言葉に皆が共感し、その言葉が連呼される。
「メシア・・」
「メシア」
「メ・シ・ア!」「メ・シ・ア!」「メ・シ・ア!」
連呼がシュプレヒコールへと変わる。
だが、その歓喜の渦に一石を投じる同僚女。
「ねぇねぇ、これってさ、何かの映画で見なかった?何てったっけ・・何デイだっけか?」
男と二人して首を捻るが、上空を飛ぶUFOの中心から一筋の光が伸び、下に居た派遣男の体を貫いた。
「あああ!あれよ!インデ○ンデンスデイ!!」
「うおおおお!みんな逃げろーーー!」
皆に呼びかけるが、逃げる場所などあるはずがない。
二人は頭を抱えしゃがみ込むが、一人の避難者が声を上げる。
「おお、登っていくぞ!」
ハッとなり、男が見上げるとそこには、光の筒に吸い上げられるようにUFOへと登っていく派遣男の姿があった。
「やっぱりあいつは俺達の救世主、メシアなんだ!」
我先にとタラップを登る避難者達。
登りきり、派遣男を吸い上げた光の筒に最初に入ったのは、同僚女。
「なに最初に入ってんだよ!」
プンスカと怒る男に、「パキュン♡」とハートを射抜くポーズを取る同僚女だったが、上には上がっていかない。
「ねぇちょっとぉ!早く上げちゃってよ!少々パンツ見られても大丈夫だから」
男は、誰が見るかと憤るが、上から注がれる光の筒が収束し始め、光が完全に消える。
ゴゴゴゴ!と轟音が響き、倒壊が始まる。
「ふざけんなよ!早く!早く乗せてくれーーー!」
倒れゆくビルの上で、助けを願う声がこだまする。
その声に呼応するように、天へと舞い上がるUFOから声が響き渡る。
「あ、ゴメン、これ一人用なんだ」
倒壊するビルに巻き込まれ、落ちていく男と同僚女。
「てめぇー!ぜってー許さねぇーーー!!」
「来世で逢ったら、踏んづけてやるーー!!」
・
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「で、あんた達はこの世界に転生してきたと?」
額から一本の角を生やした、宿屋の店主らしい異世界種族の男が、カウンター越しに二人の男女を眺める。
「ええ、そんなこんなで俺、勇者やってます!よろしく!」
村人の服を着、ナイフ片手にポーズを取る男。
「メシアを滅すまで、私の内に宿る地獄の業火は消える事はない」
真っ黒のローブを身に付け、ヒノキの杖を振りかざす同僚女改め、地獄の魔女っ娘。
「あ、そう。んで、宿代持ってんのあんたら?」
「・・このナイフいくらになりますかね?・・え?10G?そんなご無体な」
「ねぇ、魔女っ娘のパンツ見たい?・・え?見たくない?焼くぞこの野郎」
おわり
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