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帰宅すると家のなかが段ボールだらけになっていた。――なんだこれ。家財道具とかどうすんだ? 全部持ってくとか言わないよな?
おれの視線に気づいて、一瞬、妻がおれに目を向けた。冷たい視線。視線を戻すと、本棚の本を段ボール箱に仕舞っていく妻は、「……冷蔵庫と食器棚はわたしのお金で買ったものだから持っていく。それから、この本棚や、わたしの部屋の箪笥とか、わたしが結婚前に購入したものも」
「おい……おまえ、本気、なのかよ」啓介のほうを見た。相変わらず動画漬けで母親が聞いてあきれる。「この家から出て行くって……おまえの給与程度だと、ろくなところ住めないだろう?」
「ここから離れた場所に引っ越します」と妻はおれを見ず、淡々と作業をし、告げる。「そっちのほうが会社は近いし、家賃も安いから」
「――啓介は、おれたちの子どもなんだぞッッ!!」激高するのを抑えられない。おれが、なにをしたというのだ。「おまえひとりで育てるとかありえねえだろ。おまえひとりで……おまえの給与だけで育てていくなんて、なんで……勝手に決めるんだよッッ!! いったいおれが、なにをしたって言うんだよッッ!!」
――妻は。視線をあげると静かに答えた。
「……なにもしなかったのよあなたは」
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