Phase 01 おとり捜査

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Phase 01 おとり捜査

桜が咲き誇る頃、僕は兵庫県警の異動辞令を受け取った。 「兵庫県警組織犯罪対策局 組織犯罪対策課 古谷善太郎(ふるやぜんたろう)君」 自ら希望した異動であったが、いざ決まると僕の心臓の鼓動は大きく脈を打った。一刻も早くタランチュラを壊滅させたいという思いでいっぱいだったからだ。 兵庫県警の中でも組織犯罪対策局というのは暴力団や半グレ集団を専門に捜査を行う部門であり、かつてはとある暴力団と度重なる死闘を繰り広げていたと言われている。 その暴力団は抗争や分裂を経て現在では身を潜めているが、入れ替わるように半グレと呼ばれる犯罪集団が暗躍するようになったのだ。その半グレこそが「タランチュラ」である。 「古谷君、早速だけどタランチュラにまつわる資料を手に入れた。盛山定輔(もりやまていすけ)という男性が三宮で運営しているホストクラブと違法風俗店だ。この2つの店舗はタランチュラの息がかかっている可能性が高い。まずは捜査してくれないかな。」 「大泉警部、ありがとうございます。しかしいきなり潜入捜査は却って怪しまれる可能性が高いかもしれない。」 「大丈夫。生田署の婦警をおとり捜査に使おうと思っている。ちょっと性格が悪いかもしれないけどおそらく力になってくれるはずだ。」 「はい・・・。」僕は生返事で答えた。 僕が組織犯罪対策課に異動するまで警官として配属されていたのは神戸北署である。北区は神戸の面積の約45パーセントを占める所轄であるが滅多に事件が起こらないので退屈だったのだ。数年に一回大きな殺人事件が起こる程度であり、通報事例もほとんどが「イノシシの目撃及び駆除」だった。そんな僕がいきなり兵庫県警でも有数の治安の悪さを誇る生田署の婦警とバディを組むなんて考えてもいなかったのだ。 生田署を訪れると、早速婦警が話しかけてきた。 「今回のおとり捜査を担当することになった西田仁美(にしだひとみ)だ。タランチュラの話は大泉警部から全部聞いている。そして私がおとりとして潜入捜査を行うことになったのも聞いている。」 その婦警の容姿は僕の母親に似ていた。厳密に言えば僕の母親を少しだけ若くしたような容姿だった。僕は思わず「お母さん」と言いそうになった。 僕の母親の名前は古谷沙織(ふるやさおり)といい、(くだん)の強姦事件の後に妊娠が発覚してそのまま首を括ってしまった。享年40歳の若さだった。葬儀は近親者のみで行われたが、僕はひたすら泣いていたので葬儀の記憶があまりない。もちろん高校生にして両親を(うしな)ってしまったからだ。それから僕は西宮に住む親戚の元に引き取られることになり、大学の入学金は奨学金で賄った。警察官というのは公務員であり給料が良いので奨学金は大学時代にアルバイトで稼いだ分も含めて20代のうちにすべて返済した。しかし喪ったモノは中々埋まらない。僕は警察学校時代に幾度なく自殺を図ろうとした。天国の母親が恋しかったからだ。そして、自殺を図ろうとする度に教官に止められることが多かった。こんな僕であるが、警察学校での成績はほぼトップクラスと言っても過言ではなかった。そして僕は25歳の時に無事に警察官への道を歩むことになった。
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