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しかし警察官は地味な積み重ねの元に成り立っている。警察官になったからといっていきなり刑事になれるわけではない。まずは交番で経験を積み重ねてから異動辞令があり、それからいろいろな部署に配属されるのだ。僕の交番での配属先は神戸北署だったので通報されるのはほとんどがイノシシ関連の事案である。だから正直苦痛だった。
「――早く毒蜘蛛をこの手で捕まえたい。」そう思いながら、僕は毒蜘蛛に纏わる資料を秘密裏に集めていた。
僕が神戸北署に配属された頃、つまり2010年代初頭、「毒蜘蛛」は「タランチュラ」へと名を変え、組織としても暴走族から半グレ集団へと変貌していた。半グレというのは準暴力団と呼ばれる犯罪集団であり、暴力団のシノギと違い表の顔だけでは判別がつかない。故に警察も手を焼いているのだ。その数は有象無象含めて近畿地方だけでも50を超える集団がいると言われている。
かつて有名な半グレ集団に歌舞伎役者や力士へのトラブルで悪名を轟かせていた「関東連合」と呼ばれる半グレ集団がいたが、2012年に発生した六本木クラブ襲撃事件をきっかけに事実上の解散状態となった。しかし、関東連合は半グレ集団の一握りにすぎない。カタチが不明瞭な半グレ集団は警察の天敵である。半グレの「グレ」には「愚連隊」という意味の他に、灰色の英語である「Gray」という意味も込められている。つまり日本の法律では半グレ集団はグレーゾーンなのだ。法で裁けぬ灰色の組織。それこそが半グレなのである。
「古谷さん、今回のおとり捜査の件なのですが・・・。」仁美は僕に話しかけた。容姿は僕の母親に似ているが、話し言葉は全く似ていない。しかしその優しい声のトーンはなんだか懐かしい感じがした。
「あぁ、分かっている。明晩にその三宮のホストクラブに君が潜り込む。そして僕は店内の様子をリモートで傍受する。」
おとり捜査の作戦は以下の通りだ。
1. 西田仁美がホストクラブに潜入する。
2. 僕がホストクラブの近くにある喫茶店でやり取りの様子を傍受する。
3. 適当な男性を引っ掛け、貢ぐ。
4. 風俗店の店舗情報を聞き出す。
今回のおとり捜査のフェーズはこの4つの元に成り立っている。一つでもしくじると組織犯罪対策課の存亡にもつながる。仁美には少し精神的に辛い仕事ではあるが、彼女も彼女で刑事への昇進がかかった任務となっているのだ。
「私、こういう仕事はあまり自信がありません。けれどもこの任務が成功した暁には刑事になります。だから古谷さん、よろしく頼んだよ。」
「分かった。どんなことがあっても僕は君を守ってみせる。」僕は仁美をグータッチした。グータッチといえども、女性の肌に触れる感触はとても温かいものだった。
僕は女性経験がない。所謂童貞である。だから女性の肌に触れることは母親以外になかった。けれども、仁美の手の甲の感触は母親のような感触だった。僕は仁美に対して性的衝動を抱いた。しかし、後ろから抱きしめようとしたら平手打ちで殴られてしまった。
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