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「そういえば、私の母が震災で被災した時に山谷組の慈善活動に助けられたと言っています。」
仁美は震災の年に生まれている。当然ながら家族は被災しており、なおかつ母親は妊娠中での被災だった。
仁美は話を続ける。
「もちろん、山谷組が神戸にとって必要悪であることは知っています。けれども、私にはどうも優しいおじさんにしか見えないんです。」
「西田君、人は見かけで判断してはいけない。それが警察官として当たり前の話だ。」
「分かっています。私はタランチュラによる婦警暴行事件の被害者でもありますが、私を犯した男性の見た目はとても悪い人には見えませんでした。」
「そうだ。タランチュラのメンバーは10代後半~20代が中心だ。その中には普通に高校や大学に通っているメンバーもいる。だから、油断してはならないんだ。」
「園田さん、分かりました。今回の話を肝に銘じておきます。」
指定暴力団山谷組。
それは兵庫県警にとって最大の敵である。もちろん、僕も山谷組のことは知っている。それもそのはず、僕の家があるのは山谷組の本拠地の近くなのだ。そこは「神戸のヨハネスブルグ」と呼ばれていて、山谷組の本拠地を囲むように灘署の交番が配置されている。周辺住民は「一刻も早く出ていってくれ」と願っているようだが、現実は上手くいかない。山谷組によるハロウィンやクリスマスの子供へのお菓子のプレゼントは悪い意味で風物詩となっていて、僕も子供の頃に山谷組の組員からクリスマスにお菓子を貰ったことがあるぐらいだ。その度に母親から「捨てなさい」と叱られていたのを覚えている。僕の母親は仕事柄山谷組から命を狙われることが多かったので、山谷組が悪い組織なんだろうとは思っていた。そして、警察学校に入ると改めて山谷組についてレクチャーされた。僕が警察学校に入った頃、山谷組は度重なる抗争や分裂により衰退していたが、とある暴走族とのつながりが持たれているのではないかと言われていた。それこそが僕の母親を犯した元凶である毒蜘蛛なのだ。
これは大泉警部から聞いた話なのだが、毒蜘蛛がタランチュラに変貌を遂げた2010年代前半、夜の神戸は荒れていたと言われている。窃盗、暴行、そして強姦。それはまるで妖怪による百鬼夜行の形相だったらしい。
当然、タランチュラが活動拠点としていた三宮、つまり生田署に寄せられる相談は後を立たなかった。
「最近、店の売上金額が盗まれることが多い。」
「何もしてないのにタランチュラにボコボコにされた。」
「うちの娘がタランチュラのメンバーに犯された。」
度重なる相談に生田署の巡査は頭を抱えていたらしい。
更に2010年代後半になると、ヤミ金や詐欺に関するトラブルの相談が増えた。
「私のおばあちゃんがタランチュラに騙された。」
「僕のペイに送金してくれるって聞いていたのに、送金されない。」
「うっかりヤミ金からお金を借りてしまった。取り立てが怖い。」
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