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「このセクハラ男ッ!」
仁美は僕に叱りつけた。大泉警部から仁美は性格が悪い婦警だと聞いていたが、僕の頬を平手打ちにするあたり相当性格が悪いと思った。しかし、治安が悪い所轄の婦警なので性格が悪くなるのも当然だろうと僕は思った。
そして翌日の夜、僕たちは件のホストクラブへと潜入捜査を行うことになった。母親の形見である御守を胸ポケットに忍ばせて。
夜の三宮と言うのは神戸の中でも特に欲に塗れている。阪急側から生田神社にかけてホストクラブやキャバクラが多数ある。ここまでなら東京の歌舞伎町や大阪のミナミといったよくある歓楽街のテンプレートだが、三宮から少し離れた場所にある福原と呼ばれる街は所謂花街や風俗街と呼ばれる街である。半グレたちは、三宮でホストクラブやキャバクラを営み、福原で違法風俗店を営んでいるケースが多いのだ。
僕は右耳に傍受用のイヤホンを嵌め込み、ホストクラブの近くにある喫茶店で待機していた。
「お待たせ。これでも私は着飾ったら結構可愛いって言われるんだよね。」
仁美は今時のキャバクラ嬢のような装いに身を包んでいた。変装は完璧である。
「傍から見たらキャバ嬢にしか見えない。君の変装力はすごい。」
僕は思わず感嘆した。
「それじゃあ、私は潜入捜査に行ってくる。何かあったらスマホで連絡するから。」
そう言って仁美は踵を返した。そして件のホストクラブへと潜入していったのだ。
ホストクラブの名前は「バタフライ」と言い、英語で蝶という意味である。タランチュラの息がかかっているとなると差詰客は蝶であり、半グレは蜘蛛である。つまり蜘蛛の巣にかかった蝶はそのまま蜘蛛の餌として食べられてしまうのである。
きらびやかな店内には美男美女が多数いた。ホストはおそらくタランチュラのメンバーだろう。そして客である女性はまさか自分が風俗店で働かせられるとは思っていない。男性に貢げば貢ぐほど、女性客はお金が無くなってしまう。そして金のために風俗店で働くことになる。まるで無間地獄のような永久機関である。
「お姉さん、見かけない顔だねー?この店は初めて?」
ホストが話しかけてきた。
「うん。だからお兄さんのことが知りたいな。君の名前を教えて欲しいよ。」
「僕の名前は押尾勇気。この店の店長だ。お姉さんの名前は?」
「アタシの名前は胡蝶アリサ。神港大学の3回生。」
仁美は咄嗟の判断で偽名を使った。
「名前がかわいいね―。君のこと気に入っちゃったよ。僕に貢ぐだけのお金は持ってるの?」
「それがね、今日は10万円しか持ってきてないの。」
「10万円じゃちょっと厳しいなぁ。そんな君にいいバイトがある。別に厭らしいバイトではない。所謂サービス業だ。」
仁美とホストのやり取りを傍受していた僕は心拍数が上がっていた。タランチュラに関わる有力な情報が手に入りそうだったからだ。
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