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稲川長介は神戸の暴走族の天下を統一した伝説を持つ「毒蜘蛛」のリーダーである。毒蜘蛛に属していた頃はリーゼントに赤い特攻服という絵に描いたような暴走族の格好をしていたが、足を洗ってからは普通のサラリーマンのような見た目である。ただし武術に長けていただけあって恰幅は良い方である。
「兵庫県警の警部として、タランチュラの悪行は放っておけません。組織犯罪対策課にも新しいメンバーが加入しました。古谷善太郎君って言うんですけど、例の強姦事件の被害者の息子というのもありタランチュラの壊滅を狙っているようです。稲川さん、何か神戸の裏情報を古谷君に提供出来ませんか?」
「もちろん。丁度神戸で一番の売上を誇るホストクラブであるバタフライが実はタランチュラの息がかかっているという噂を耳にした。以前からあのホストクラブに対する黒い噂はあったけれども、よりによってタランチュラの息がかかっているとなるとその古谷善太郎君だっけ?も必死になって捜査するだろう。」
「有力な情報をありがとう。古谷君に伝えておくよ。」
「本来なら報酬を貰うべきなんだろうけど、情報屋が県警の警察官、ましてや警部にチクっているとなると賄賂として我々が捕まってしまう可能性が高い。ここはいつも通りタダで済ませておきましょう。」
大泉旬は兵庫県警のキャリア警部である。かつては暴力団対策課、通称マル暴で暴力団と死闘を繰り広げていた。躰には無数の傷痕があり、日本刀で斬られたという噂も持っている。
彼もまた暴走族に人生を狂わせられた過去を持っており、大切な恋人が暴走族同士の抗争に巻き込まれて命を落としている。
その抗争とは1990年代初頭に発生した毒蜘蛛と黒曼蛇による暴走族同士の大規模抗争である。この暴走族の抗争は一般市民をも巻き込み、死者数は20人を超えるという大惨事となった。この抗争がトリガーとなり毒蜘蛛は神戸の暴走族の天下を統一することになるのだが、それには大きな犠牲が付きまとっていたのである。
「和香子ちゃんを護ることが出来なかったのは僕の責任だ。今でもあの時のことを後悔している。だから、タランチュラは絶対に捕まえなければならない。」
大泉警部は墓前に向かって呟いた。彼の胸には、今でもあの時の傷痕を背負っているのだ。
「古谷君、ちょっといいかな。」
「配属されて早々何でしょうか?」
「古谷君って、もしかしてあの古谷沙織の息子なんですか?」
「はい。僕にとってあの事件は思い出したくないトラウマです。なにせ実の母親が犯されてなおかつ妊娠が発覚してショックで首括るぐらいですからね。だから僕には父親もいなければ母親もいない。あの事件から僕は孤独なんだ。」
「大丈夫だ。古谷君は僕が責任を取って面倒を見る。だから安心して捜査してほしい。僕も暴走族に人生を狂わせられたからな。大事な人を喪うキモチはお互い様だ。」
こうして古谷善太郎と大泉旬は「タランチュラの壊滅」を互いに誓い合った。たとえそれが法で裁けぬが故に叶わぬ願いだとしても、2人にとっては共通の敵なのである。
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