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「零幽探偵を呼ぶしかないか」
男は頭を抱えていた。
彼は本庁にて、難事件の解決に当たる警察官の1人だ。
「鷹城さん、零幽探偵って?」
「そうか。お前はまだ知らなかったな。この町にはいるんだよ、そういう奴が」
「それで、俺のところに来たわけですか。少しは自分の頭で考える気はないんですか?」
「黙れ。俺自身、お前は信用していないが、お前の事件解決能力には期待している」
「そうですかそうですか。それで、今回はどんな時間を持ち込んでくれるんですかね?」
そこは都内某所にある、古い雑居ビル。
エレベーターもないビルの4階に、その男の事務所はあった。
名前は御霊零。彼こそが、この事件を早期解決に導いてくれる存在らしいが、本当のところは知らないままだった。
「なるほど。つまり昨夜23時ごろ、都内の交差点で轢き逃げがあったんですね」
「ああ。明らかに故意なものだ」
「それはどうですかね」
「どういうことだ」
鷹城先輩は顔を顰めています。
「俺には、事故が原因ではなく、すでにその人は死ぬ定めにあった」
「なんだと!」
鷹城先輩は立ち上がり、拳を作る。
「嘘だよ。俺は、生死の定めなんか許したりしない。だけど、今の行動で分かったことは一つ、君は嘘をついているね、鷹城さん」
「チッ!」
鷹城先輩が嘘をついていた?
そんなことがあるんですか。本庁でも指折りの堅物。そう呼ばれている鷹城先輩が・・・
「正解だ、零幽探偵」
「それはどうも」
「あれは事故だ。これがその時の写真。近くの防犯カメラが捉えていた」
鷹城先輩は写真の入った封筒を手渡す。
すると彼は写真を一枚一枚じっくり見ていくと、少し口元をにやけさせた。不謹慎な人だ。
「なるほどね。これは確かに事故だ。もっとも、君達が追っている犯人。それはこの男を見捨てたこの女性のことだね」
「ああそうだ。ってちょっと、待て!」
鷹城先輩は怒り狂った。
彼に顔を近づけて、聞き返す。
「お前、今何って言った」
「何って、この犯人は女性だよ。しかも、すぐ近くにいる」
「なぜわかる」
そうだ。それが気になっていた。
何故彼は、終始余裕でいられるのか。
その秘密が何処かにあるはずだ。
「それは俺が、幽霊だからだよ。人の記憶を盗み見て、この写真から念を悟る。すれば自然と、犯人がわかるんだよ。簡単な話だろ」
何を言ってるんだ、彼は。
頭がおかしいのか、それともただのナルシストか。腹が立つ。こんな人に頼らなければいけないなんて・・・屈辱だった。
「なんなら犯人を当ててあげようか?ここまでもう5分も経ってしまったからね」
「本人がわかるのか?」
「ああ。ここで言ってしまおうか」
彼は少しの間をためてから指を指す。
「君だよ、新人君」
「えっ!?」
その指は私を指差していて。
何故?私は何もしていない。
「ど、どういうことですか?ふざけるのはいい加減にしてくださいよ!」
「ふざけてなんかいない。あの車も、君が雇ったものだろう」
「なにを馬鹿な。帰りましょう、鷹城先輩!」
私は帰ろうとした。
しかし先輩は動かない。話をじっくり聞いていた。
「先輩!」
「続けろ、探偵」
「いいよ。だけど証拠を突きつければ、後はそっちで動機は探ってね」
「それぐらいはやるさ。俺の部下なんだからな」
鷹城先輩は私をチラリ見た。
あの目は、「犯人じゃないんなら、逃げるな」と言っているようだった。
私はその威圧感に押され、その場で固まる。だけど足は震えていた。
「改めて証拠は二つ。一つ目は君に流れるオーラが、この写真の人物と一致している」
「お、オーラ?」
「聞いたことはないかな?気。そう言った類の俗称だよ」
なにを真剣に話しているんだ。
こんな馬鹿馬鹿しい話にこれ以上付き合うのも馬鹿らしい。
「これじゃあ納得しないよね。それじゃあ確実なものを提示しよう」
「確実な、もの?」
「そうだよ。君がさっきの鷹城くんの言葉に動揺したのは、言うまでもないとして……」
私が、動揺?そんなはずない。
「だけどもっと確実なもの。それはね……」
待って。言わないで。お願いだから!
「時計だよ。正確には君の付けている時計の青痣かな。君、今日は時計をしているけど、少し緩いね。それに、痣の位置と異なる。これはどう説明がいくのかな?」
「そ、そんなのたまたま変えただけで……」
「そうだね。じゃあこの写真の人物が持っている紙袋。これはどこの?」
「それは……」
私は黙っていた。
言われてしまう。言ってしまう。それだけは、マズい!
「君の付けている時計と同じブランドものだね。後で調べれば、昨日買い物をしたリストの中に、君の名前があるはずだよ」
「どうして……」
「ん?」
「どうして、貴方にそこまで言われなくちゃいけないんですか。私は、私は……」
涙が溢れ始めた。
しかしこれ以上の言葉はない。
私が殺したのは元恋人だ。いや、正確にはビジネス恋愛だった。その男が、しつこく私に絡んできた。拒絶しようとすれば、警察であることを逆手に取られ、脅される。そんな日々はもうたくさんだったんだ。
だから、だから・・・
「やり直せ」
「えっ?」
「お前にはやり直しが効くはずだ。刑務所に入って、やり直せ」
「先……輩……」
私の涙が滝のように、目の奥から流れ出す。
私はその場で泣き崩れていた。
「それもいいね。だけど、一つ言っておくことがある」
「言っておくことだと?」
「そうだよ。君が捕まることを望んでいたのは、被害者じゃない。被害者は君には、捕まらずに生きていて欲しかったはずだ。でもね……」
霊幽探偵は口を動かす。
その言葉は私を酷く凍らせて、心を砕くようなものだった。
「運転手は、今も君の背後にいるからね」
空気が冷たく冷やされる。
しかし彼は、彼自身はそれを何とも思っていない様子で、時計の針はきっかり5分経っていた。
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