零幽探偵は5分で十分

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「零幽探偵を呼ぶしかないか」  男は頭を抱えていた。  彼は本庁にて、難事件の解決に当たる警察官の1人だ。 「鷹城さん、零幽探偵って?」 「そうか。お前はまだ知らなかったな。この町にはいるんだよ、そういう奴が」 「それで、俺のところに来たわけですか。少しは自分の頭で考える気はないんですか?」 「黙れ。俺自身、お前は信用していないが、お前の事件解決能力には期待している」 「そうですかそうですか。それで、今回はどんな時間を持ち込んでくれるんですかね?」  そこは都内某所にある、古い雑居ビル。  エレベーターもないビルの4階に、その男の事務所はあった。  名前は御霊零(みたまれい)。彼こそが、この事件を早期解決に導いてくれる存在らしいが、本当のところは知らないままだった。 「なるほど。つまり昨夜23時ごろ、都内の交差点で轢き逃げがあったんですね」 「ああ。明らかに故意なものだ」 「それはどうですかね」 「どういうことだ」  鷹城先輩は顔を(しか)めています。 「俺には、事故が原因ではなく、すでにその人は死ぬ(さだ)めにあった」 「なんだと!」  鷹城先輩は立ち上がり、拳を作る。 「嘘だよ。俺は、生死の定めなんか許したりしない。だけど、今の行動で分かったことは一つ、君は嘘をついているね、鷹城さん」 「チッ!」  鷹城先輩が嘘をついていた?  そんなことがあるんですか。本庁でも指折りの堅物(かたぶつ)。そう呼ばれている鷹城先輩が・・・ 「正解だ、零幽探偵」 「それはどうも」 「あれは事故だ。これがその時の写真。近くの防犯カメラが捉えていた」  鷹城先輩は写真の入った封筒を手渡す。  すると彼は写真を一枚一枚じっくり見ていくと、少し口元をにやけさせた。不謹慎(ふきんしん)な人だ。 「なるほどね。これは確かに事故だ。もっとも、君達が追っている犯人。それはこの男をこの女性のことだね」 「ああそうだ。ってちょっと、待て!」  鷹城先輩は怒り狂った。  彼に顔を近づけて、聞き返す。 「お前、今何って言った」 「何って、この犯人は女性だよ。しかも、すぐ近くにいる」 「なぜわかる」  そうだ。それが気になっていた。  何故彼は、終始余裕でいられるのか。  その秘密が何処かにあるはずだ。 「それは俺が、幽霊だからだよ。人の記憶を盗み見て、この写真から念を悟る。すれば自然と、犯人がわかるんだよ。簡単な話だろ」  何を言ってるんだ、彼は。  頭がおかしいのか、それともただのナルシストか。腹が立つ。こんな人に頼らなければいけないなんて・・・屈辱(くつじょく)だった。 「なんなら犯人を当ててあげようか?ここまでもう5分も経ってしまったからね」 「本人がわかるのか?」 「ああ。ここで言ってしまおうか」  彼は少しの間をためてから指を指す。 「君だよ、新人君」 「えっ!?」  その指は私を指差していて。  何故?私は何もしていない。 「ど、どういうことですか?ふざけるのはいい加減にしてくださいよ!」 「ふざけてなんかいない。あの車も、君が雇ったものだろう」 「なにを馬鹿な。帰りましょう、鷹城先輩!」  私は帰ろうとした。  しかし先輩は動かない。話をじっくり聞いていた。 「先輩!」 「続けろ、探偵」 「いいよ。だけど証拠を突きつければ、後はそっちで動機(どうき)は探ってね」 「それぐらいはやるさ。俺の部下なんだからな」  鷹城先輩は私をチラリ見た。  あの目は、「犯人じゃないんなら、逃げるな」と言っているようだった。  私はその威圧感に押され、その場で固まる。だけど足は震えていた。 「改めて証拠は二つ。一つ目は君に流れるオーラが、この写真の人物と一致している」 「お、オーラ?」 「聞いたことはないかな?気。そう言った類の俗称だよ」  なにを真剣に話しているんだ。  こんな馬鹿馬鹿しい話にこれ以上付き合うのも馬鹿らしい。 「これじゃあ納得しないよね。それじゃあ確実なものを提示しよう」 「確実な、もの?」 「そうだよ。君がさっきの鷹城くんの言葉に動揺したのは、言うまでもないとして……」  私が、動揺?そんなはずない。 「だけどもっと確実なもの。それはね……」  待って。言わないで。お願いだから! 「時計だよ。正確には君の付けている時計の青痣(あおあざ)かな。君、今日は時計をしているけど、少し緩いね。それに、痣の位置と異なる。これはどう説明がいくのかな?」 「そ、そんなのたまたま変えただけで……」 「そうだね。じゃあこの写真の人物が持っている紙袋。これはどこの?」 「それは……」  私は黙っていた。  言われてしまう。言ってしまう。それだけは、マズい! 「君の付けている時計と同じブランドものだね。後で調べれば、昨日買い物をしたリストの中に、君の名前があるはずだよ」 「どうして……」 「ん?」 「どうして、貴方にそこまで言われなくちゃいけないんですか。私は、私は……」  涙が溢れ始めた。  しかしこれ以上の言葉はない。  私が殺したのは元恋人だ。いや、正確にはビジネス恋愛だった。その男が、しつこく私に絡んできた。拒絶しようとすれば、警察であることを逆手に取られ、脅される。そんな日々はもうたくさんだったんだ。  だから、だから・・・ 「やり直せ」 「えっ?」 「お前にはやり直しが効くはずだ。刑務所に入って、やり直せ」 「先……輩……」  私の涙が滝のように、目の奥から流れ出す。  私はその場で泣き崩れていた。 「それもいいね。だけど、一つ言っておくことがある」 「言っておくことだと?」 「そうだよ。君が捕まることを望んでいたのは、被害者じゃない。被害者は君には、捕まらずに生きていて欲しかったはずだ。でもね……」  霊幽探偵は口を動かす。  その言葉は私を酷く凍らせて、心を砕くようなものだった。 「運転手は、今も君の背後(うしろ)にいるからね」  空気が冷たく冷やされる。  しかし彼は、彼自身はそれを何とも思っていない様子で、時計の針はきっかり5分経っていた。
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