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絶望の船出
シャーロットを担いで港まで走ったコーライは、仲間と落ち合い船に乗り込んだ。
船室のベッドに転がされたシャーロットは、道中でさめざめ泣き続けていたのが嘘のように沈黙している。
「君には驚かされてばかりだよ、ミシェル」
覆いかぶさってきた男を、シャーロットはぼんやりと見上げた。表情も声も、"コーライ"とはまったくの別人だ。
「君の父は愚かだ。謝礼金を得るよりも君を売った方がはるかに儲かると、その容姿を見れば一目で見当がつく。見つけたのが俺じゃなくてもね」
父に引き渡されることはないとわかっても、何の感情も湧かない。セフィアスを失ったシャーロットの胸の中は、もはや空っぽだった。
「君は魔物の血の中でも特別だ。こんなに綺麗な顔は見たことないしね。髪が短いのが残念だけど、商品としての価値は高い」
男はシャーロットの顎を掴み、あらゆる角度から顔を眺めはじめた。まるで品定めをするように。
(セフィアスにとっては『売り物』で、この男にとっては『商品』……結局人ではないのなら、どう扱われようと同じだ……)
「この色素の薄さ……やはり君はサハライールの巫女だ」
(『サハライールの巫女』……?)
シャーロットの訝しげな眼差しに気がつき、男はふっと笑った。
「その様子だと知らなかったようだね。どうやら事情は複雑らしい」
(今さら自分のことを知ったって、どうしようもない……)
再び表情をなくしたシャーロットを見下ろし、男は大げさにため息をついた。
「どうしたシャーロット。お楽しみはこれからだというのに」
「……っ……」
シャーロットは耳を疑った。男の声と口調は、セフィアスそのものだった。
「驚いてくれて嬉しいよ。少しは興味をもってもらわないと、正体を明かしても虚しいだけだからね」
「あなたは何者なの……?」
「貿易商、貴族、剣士、医者、楽師、奴隷商……あげればきりがない。俺は何にでもなれる」
声色がどんどん変わっていく。表情も雰囲気も、恐ろしいほど一瞬で切り替わる。
「世間では『天才詐欺師ノワール』って呼ばれてるよ。運が悪かったね、俺なんかに拾われちゃって」
(確かに運が悪かった。あの塔に閉じ込められた日から……いいや、魔物の血としてこの世に生まれた瞬間から、私は神に見放されていた……)
「どうして仲間に会わせたりしたの?」
「君を売るかどうか迷っていたからさ。しばらく仲間として過ごしながら考えようと思ってたんだ……」
「もうかなわないだろうけど」と抑揚なく続け、ノワールは沈黙した。
「売る気がないなら殺して」
「『心に決めた人』が死んだから?」
「……そうよ」
シャーロットは嗚咽をもらした。大粒の涙がこめかみをつたい落ちる。
(私はあのとき死ぬべきだった。初めから出会わなければ、何の価値もない私のせいで、彼が死ぬことはなかった……)
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