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燃ゆる瞳
「手を上げろ」
一瞬、セフィアスを真似たノワールの声だと思った。跡形もなくなった扉の向こうに月色の髪を見た瞬間、シャーロットは止まっていた心臓が動きだしたような気がした。
「セフィアスっ……!」
憲兵に扮したセフィアスは、ノワールの後頭部に銃口を突きつけながら、「どなたとお間違えですか?」と爽やかな笑みを浮かべた。船室の外が騒がしくなり、ぞろぞろと海兵たちが入ってくる。
「詐欺師ノワール、貴様を逮捕する。罪状を聞くか?」
「違う違う。天才詐欺師だよ憲兵くん」
「連れて行け」
「はっ!」
セフィアスの指示により、海兵たちがノワールを取り囲んだ。しぶしぶといった様子でシャーロットの上から退いたノワールが、苦笑しながら両手を上げる。
「ねぇ海兵くん、その色男の正体は怪盗ビスクドールだよ」
ノワールの言葉に、一人が「何だと?」と眉をひそめた。他の海兵たちの表情も一斉に険しくなり、シャーロットは息をのむ。
「失礼ですが身分証を」
「あぁ、かまわない」
余裕たっぷりに海兵たちを見渡すセフィアスの傍ら、気が気でないシャーロットは、同じく憲兵に扮した見覚えのある大男に視線を送った……が、返されたウインクに寒気がして、すっと視線をそらした。
「ルーファス・エヴァン……大佐?……しっ、失礼しました!」
「ははっ、気にするな。屈強な海兵の皆さんからすれば、この俺は貧弱にみえても仕方がない」
「そんな、とんでもありません!」
「その男の連行を頼めるか? あいにく我々には急務がある」
「はっ、勿論であります!」
「では我々は先に失礼する。見送りはけっこう」
左右に分かれて列を作った海兵たちに敬礼を送られながら、セフィアスは悠々とした足取りでその場を後にした。帽子のつばを下げ、笑いをこらえるように口元を歪ませて。
「セフィアス……!」
船を移ってすぐ、シャーロットはセフィアスに抱きついた。とたんに硬直したセフィアスを横目で見つつ、ナキシムは口元を手で覆った。
「何がおかしい?」
「……失礼しました」
「撃たれたところは? 平気なの?」
「説明すると長くなる」
「説明してっ!」
「まぁ落ち着け、シャーロット」
(あぁ……セフィアスが名を呼んでいる。生きている……)
「おい、どうした?」
セフィアスに抱き上げられた直後、張り詰めていた糸が切れたように、シャーロットは気を失った。
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