燃ゆる瞳

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◆  ノワールを乗せた海軍の船はとっくに港に入ったにもかかわらず、港の警備は解かれる気配がない。入港できずに海上を漂うセフィアスの船は、宵闇に上手く紛れている。逃亡劇で疲れきったシャーロットは、未だ眠ったまま。 「どうやら憲兵ではないとバレたらしいな」 「ええ。今回ばかりは力を使った方がよろしいのでは?」 「あぁ。港ごと一掃すればさぞ痛快だろう。……だが一度でも力を使えば、何度使っても同じということになる。そうなってはつまらない」  まったく腑に落ちていない様子で、ナキシムは「なるほど」とつぶやいた。 「ところでいったい何をなされたのです? シャーロット様に」 「どういう意味だ?」 「たった一晩を共に過ごされただけで、あのようにお好かれになるとは驚きです」 「下品な言い方をするな。べつに何もしていない」 「何も……ですか」  意味ありげな視線を向けられ、セフィアスは思わずため息をもらした。ナキシムの想像どおり上手く手懐けられているのなら、こんなことにはなっていない。 「この俺がこんな何もない海上でなす術もなく漂っている意味を考えろ」 「ふむ……確かに珍事ですな」  なぜか嬉しそうな様子のナキシムを尻目に、セフィアスはシャーロットが眠る船室に入った。  当初は海軍の船と同時に、海兵たちに紛れて入港する予定だった。そのために一刻も早くとノワールの船を発ったが、結局は海軍の船に足が追いつかず今に至る。  綿密に計画を練る時間がなかったとはいえあまりにもずさんな結果に、セフィアスは再びため息をもらした。 (俺は何をそんなに焦っていたんだ……?)  ベッドの縁に腰かけシャーロットの寝顔を見つめていたセフィアスは、白いまつ毛がかすかに動くのを見て慌てて背を向けた。 「セフィアス……?」 「まだ寝ていろ」 「……まだ海の上?」 「あぁ」 「……銃で撃たれても平気でいるなんて、あなたはやっぱり悪魔なの……?」  このまま黙ってやり過ごすのは無理があると悟り、セフィアスはしぶしぶ口を開いた。 「結論から言うと、あいつが撃った弾は掠ってもいない。あいつは昔からひどく俺に執着している変態野郎だ。なるべく関わりたくはなかったが、向こうから仕掛けてきた以上、少しは遊んでやらないと後で面倒なことになる。ジゼルと同じでしつこいからな」 「……本当に知り合いだったのね」 「あいつから何か聞いたのか?」 「ええ……あなたに命を助けられたと言っていたわ」  セフィアスはふっと笑い、「助けてなどいない」と切りだした。 「俺の住まいの近くで死にかけていたから拾っただけだ。そのまま生ゴミになられたら臭うからな。この手で檻にぶちこんでやった仕打ちに、今頃は喜びにうち震えていることだろう」 「喜び……?」 「あいつの性癖は少々複雑でな……まぁ俗に言う変態をはるかに凌ぐ変態だということだけは断言できる」  言いながら寒気を感じて、セフィアスは内心ため息をついた。 「あいつに何かされたか?」 「……いいえ。なんだかわけのわからないことばかり言われたわ」 「たとえば?」 「私が『サハライールの巫女』だとか……」  ふいに顔を覗き込まれ、セフィアスは思わず眉をひそめた。「知ってたのね」と、シャーロットが悲しげにつぶやく。 (まさか不意打ちで反応をうかがってくるとは。迂闊だった……) 「どうして黙っていたの? 私が何も知らない方が高く売れるから?」 「……」 「……じゃあどうして逃したの……?」  セフィアスはちらと横目でシャーロットを見た。 (どいつもこいつも本当にしつこい……)
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