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「この印……あなたがつけたの?」
鎖骨の上の印を指さしたシャーロットに、セフィアスは「あぁ」と少し投げやりに応じた。
「意外と臆病なのね、あなた」
「……どういう意味だ?」
ふいに肩を掴まれ、セフィアスはシャーロットと向き合わされた。
「こんな印をつけておいて逃がすし、こうして取り戻しても私の目を見ることもできない」
「……っ」
視線が絡んだ瞬間、唇が重なった。
自身をビスクドールたらしめている仮面が外されたことにも気づかず、セフィアスは呆然とシャーロットを見つめる。
「私をどうしてくれるの? 意気地なしの怪盗さん」
清楚なその顔に浮かんだ挑発的な笑みに、セフィアスは思わず口角を上げていた。己の内にひそむ獣を揺り起こされるような心地に、かつてない高揚感が湧きあがってくる。
「これがないと喋れないのかしら?」と自身の目元に仮面をあてがい、シャーロットはにっこりと笑った。セフィアスは小刻みに肩を震わせ、やがてこらえきれずに大声で笑いだした。
「……っははは……ふはははははッ……!」
「何がおかしいの?」と訝しむシャーロットをよそに、セフィアスはしばし腹をかかえて笑い続けた。
「あぁ……最高だ。まさかお前に挑発されるとはな」
肩に置かれたシャーロットの手を掴み、セフィアスは「さぁ、続きをしろ」と微笑んだ。
「……え……?」
「口づけの仕方は教えたはずだ。俺をその気にさせてみろ」
みるみるうちに赤くなるシャーロットの頬に、セフィアスは眉をひそめた。
「あんなに大胆に誘っておきながら、今さら怖気づいたのか?」
「……そんなつもりじゃ……」
手を払いのけようとするシャーロットの手首を掴み、セフィアスはぐっと自分の方に引き寄せる。
「ならばどういうつもりで俺にあんな目を向けた? シャーロット」
「……ッ……離してっ……!」
これまで通りのシャーロットの反応に、セフィアスは口元の笑みを消し去った。
(冷静に考えてみれば、うぶなシャーロットがいきなりあんな誘い方をしてきたのは不自然だ……)
「まさかあいつの仕込みか?……あいつに言われて俺を誘ったんだな」
「何を言ってるの……?」
「男の誘い方まで仕込まれたというわけか。まさか事後だったとはな」
「違うわ。あなたの勘違いよ」
「口では何とでも言える」と、セフィアスは冷たく言い放った。自分の顔がひどく歪んでいることには気づかずに。
「どうして私の話を聞こうとしないの……?」
「聞いて欲しければ服を脱いで証明しろ。『私はまだ処女です』と」
パン! と乾いた音が船室内に響いた。
少しして、セフィアスは頬を叩かれたことに気がついた。
「私が誰とどうなろうとっ……あなたには関係ない……!」
顔を真っ赤にして泣きながら、シャーロットは続ける。
「私は自分の意思で決めた……あなたから逃げて自由になるって。でもあなたは邪魔をした。だから今度はあなたが決める番よ……私をどうするか」
炎のようにゆらめく瞳を、セフィアスは呆然と見つめた。なぜ泣くのか、なぜ怒るのか──シャーロットが何を考えているのか、さっぱりわからない。
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