帰る場所

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帰る場所

 明け方になり警備は手薄になったものの、アヴランジーで唯一の港は規模が小さく、憲兵の目を盗んでの入港は不可能に等しい。  船を捨て小型のボートに移ったセフィアスたちは、港から目視されているであろう元の船を死角として大きく沖へと旋回し、まったく別の方角から港を目指すことになった。  遭難した一般人に扮してぼろ切れをまとったセフィアスとナキシムの姿に、シャーロットは先ほどから笑いをこらえている。それに気づいているのかいないのか、二人は神妙な面持ちで入港の計画を練っている。 「お前はこれに着替えろ」 「えっ、私も?」  薄汚れた衣服を手渡され、シャーロットは顔をしかめた。ナキシムの口元に気の毒そうな雰囲気がにじむ。 「いま着ている服は海に捨てろ。港に着く前にこの袋に入ってもらう」 「……えっ……」 「お前の姿を憲兵に見られたら終わりだ。嫌なら泳いでいけ」 「……わかったわ。でも私より先にあなたがばれるんじゃないかしら」 「なぜ?」 「服がぜんぜん馴染んでいないし、顔が綺麗すぎるもの」  セフィアスの方を向いたナキシムが、「うむ、確かに」と深く頷く。シャーロットはついに笑いをもらした。 「あなた怪盗でしょ? 変装は得意なんじゃないの?」 「何がおかしい? 俺はいくつも顔を持っているというだけで、変装などしたことはない」 「そう。じゃあノワールに教わったら?」  シャーロットが発した皮肉に驚き、ナキシムはぽかんと口を開けた。再会の時はあれほどいい雰囲気だったのに、この短時間でいったい何があったのだろう……と。 「生意気を言うと海に放り出すぞ」 「ええ、そうしたら? もう言った後だもの」 「何……?」 「大きくなられましたねぇ、コーライ殿も」  険悪な雰囲気を断ち切ろうと、ナキシムはつとめてのん気な口調で言った。好奇心をくすぐられ、シャーロットはまじまじとナキシムを見つめる。 「もしかして、ナキシムは二人の育ての親なの……?」 「そんなわけあるか。詮索するな。ナキシムも余計なことを喋るな」 「はっ、申し訳ございません」  セフィアスが『話しかけるな』オーラを出しはじめ、小さな船上は沈黙に包まれた。 「綺麗……」  ふと空を見上げたシャーロットは、感極まって涙をこぼした。淡い橙色と菫色のコントラストを描いたこの美しい夜明けさえも、世界のほんの一部でしかない──そう思うと、身ひとつでどこまでも羽ばたいていきたくなる。  きらきらと目を輝かせるシャーロットをちらと横目で見たセフィアスは、「袋に入れ」とぶっきらぼうに言い放った。 「もう?」 「そろそろ港から双眼鏡で見える距離だ」 「……そう」  シャーロットはがさごそと硬い布地の袋に入った。息苦しそうだと思ったが、所々に穴が空いていて案外そうでもない。外が少し肌寒かったこともあり、暖かい袋の中は快適にすら感じる。  ほどなくして、シャーロットは再び眠りについた。 「よく寝る女だな」 「さすがにお疲れになったのでしょう」 「まぁ騒がれるよりはいい」 「ところでシャーロット様をどうなされるおつもりですか?」 (またその話か。どいつもこいつも……)  セフィアスは小さくため息をつき、酒瓶をあおった。すぐに空になったそれを、忌々しげに海に投げ込む。 「どうにかしなきゃいけないのか?」 「いえ、そういうわけでは」 「俺のものなのに、そばに置くだけじゃだめなのか……?」  切なげに歪んだセフィアスの横顔を見つめ、ナキシムは感慨深げに目蓋を閉じる。 「出会ったばかりの頃は、まさに天使でしたな……」 「……ん?」 「中身は変わらず……ですか」 「……何の話だ?」  ふいに寒気を感じて、セフィアスは仮面で顔を覆った。 「なぁナキシム……俺が国を出ると言ったらついて来るか?」 「……ほう」 「……いや、何でもない。忘れろ」  雲ひとつない快晴。波はおだやか。  家族でも友人同士でもない三人を乗せた船は、夜明けとともに数人の憲兵があくびをしながら警備する港に漕ぎつけた。
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