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「おかえりなさいませ! シャーロット様!」
「……っ」
扉を開けるなりシャーロットに抱きついたジゼルを、セフィアスはすかさず引きはがした。
「気色の悪い出迎えはやめろ。すぐに湯を沸かせ」
「まぁ、妬いていらっしゃいますの? お湯の支度でしたらもうできておりますわ」
「……超能力者か? お前は」
「シャーロット様……なんだか雰囲気が変わられましたね。いったい何があったのですか?」
「話すと長くなるわ。汚れているからあまり近づかないで」
「ええ……ではお体を清められた後でゆっくりと……」
うっとりした表情で見つめられ、シャーロットは思わず息を飲んだ。ジゼルがニコッと笑う。
「何をゆっくりするつもりだ? さっさと俺の着替えを持ってこい」
「そちらにございますでしょう? お好きなものをお召しくださいな」
「お前……シャーロットが来てから俺の扱いが雑になってないか?」
「あら、そんなことございませんわ。ですがマスター、女はいつでも新しい恋を求めているもの……恋多き乙女をどうかお許しください」
「……もう好きにしてくれ」
セフィアスとジゼルのやりとりにくすくすと笑いながら、シャーロットは感慨深げに屋敷内を見渡した。逃げだしてからたった一晩しか経っていないなんて信じられないほど、外の世界で多くのことを経験した一日は長かった。
ジゼルに『おかえり』と言われたことにほんのりあたたかい気持ちになりながら、シャーロットは湯に浸かった。セフィアスはそのあいだ自室にこもり、魔力を使って湯からあがったばかりのような姿になった。
家族でも友人同士でもない三人に、性別・年齢ともに不詳のジゼルが加わり、四人はジゼル自慢のアヴランジー料理と果実酒が並ぶ食卓を囲んだ。乾杯とともにグラスを空にしたシャーロットに、セフィアスは仮面の下で目を丸くした。
「酒が飲めたのか?」
「いいえ。きのう初めて酒場で飲んだの。それは口に合わなかったけれど、これはとっても美味しいわ」
グラスを差し出しおかわりを催促したシャーロットに、ジゼルは嬉しくてたまらないといった様子で酒を注ぐ。澄んだ琥珀色に弾ける小さな気泡たちを見つめ、シャーロットは「見た目も可愛らしい」と微笑んだ。
「酒が可愛いって何だ」というセフィアスのつぶやきを無視して、ジゼルは「さすがシャーロット様!」と興奮気味に身を乗り出した。
「そちらのミュスクルは、わたくしが育てたミュスカーで作ったものですわ!」
「ミュスカーを? すごい! 私も手伝ってみたいわ」
「ええ、ぜひ!」
「おい、女まがいはもう寝ろ」
「まぁ! それって誰のことですの?」
穏やかな時間。家族でも友人でもない三人と過ごすひとときに、シャーロットははっきりと幸せを感じていた。
この先どうなるかはわからない。けれどあのとき窓から飛び降りたことは、間違いではなかった。拾ってくれたのがセフィアスでよかった──あたたかい気持ちが胸にあふれ、船上で答えをはぐらかされたことへの不安や怒りは、頭の片隅に追いやられていく。
自分の運命を変えたその男を、シャーロットは潤んだ眼差しで見つめた。ほんの一瞬目が合うと、仮面の奥の瞳は優しく微笑んだ気がした。
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