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マリオネットの憂い
ジゼルが隣街で営んでいるという酒場の話を聞きながらうとうとしていたシャーロットは、ついに眠りについた。かすかに上下するその肩に、セフィアスはそっと上着をかける。
「店の様子はどうだ? 何か情報は入ったか?」
「相変わらず繁盛しておりますわ。例の城主は……なかなかしつこそうですわね」
ジゼルは一息にグラスを空にすると、リボンの形に結ばれたタイをほどき、たっぷりのフリルがあしらわれたブラウスのボタンを二段ほど外した。可憐なその顔に、不穏な影がさす。
「面倒だし、もう片づけてしまおうかしら」
「やめておけ。後で面倒なことになる」
「ふふ……心配ありませんわ。面倒が残らないほどことごとく、わたくしの可愛いお人形さんにしてしまえばいいんですもの」
「ナキシム、平和嫌いな女装男の相手は頼んだ」
「かしこまりました」
「まぁ! 可愛いドレスは女だけのものって誰が決めたんですの?」
「そう熱くなるな。似合っているうちはいい」
ぽんと頭に手を置かれたジゼルは、一点を見つめたまま固まった。席を立ったセフィアスは、ぐっすり眠っているシャーロットを抱き上げた。
「明日からしばらくこもる。お前らはこの屋敷に近づくな。それと俺が指示を出すまで勝手な行動は起こすな」
シャーロットを抱えたセフィアスが去っていき、残された二人は顔を見合わせた。
「気持ち悪いくらいご機嫌だったね」
「ええ」
「羨ましいな」
「マスターが……ですか?」
「いや、シャーロット様だよ。ずっと綺麗なままだろうからね」
「どういう意味です?」
「なんだ、ナキシムは知らないんだ。じゃあ理由は黙っておくけど、シャーロット様はあの綺麗な容姿のまま歳をとるんだよ」
「ほう……」
「でも僕にはいつかナキシムみたいに髭が生えるし、あと少しでグンと背も伸びる。……最悪だ」
ジゼルはおもむろに立ち上がると、メイド服のスカートの中から飛び出したマリオネットを器用に操りはじめた。少女の姿をした人形は、まるで自らの意思で四肢を動かしているかのように、くるくると滑らかに踊る。
「僕が何故こんな格好をしてるかわかるかい?」
「いいえ」
「お客に警戒心を抱かせないためだよ。油断大敵っていうだろ? 相手が初めから油断してくれたら、仕事が楽にやれるんだ」
「フフ……恐ろしい」
「それに僕は可愛い。……いや、可愛かったんだ。今までは……」
ジゼルの表情は暗く沈んだ。ナキシムはグラスの縁を舐めるようにちびりと酒を飲む。
「人が綺麗でいられる時間はどうしてこんなに短いんだろうね。それに比べると、人生は嫌になるほど長い」
「仰る通りです。とても若者の言葉とは思えませんがな」
「時の流れは残酷だ。考えることをやめたら、何も知らないうちにすべてが終わる。僕のお客のようにね」
ジゼルが手を止めると、少女の人形はかくりと項垂れ四肢を投げ出した。ナキシムは無言で拍手を送る。
再び椅子に腰かけたジゼルは、酒瓶に残っていた中身をぐいと飲み干した。消えたマリオネットの行方を追って彷徨うナキシムの視線は、いつのまにかジゼルの手に握られていたナイフにとまった。
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