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生贄の王子
「すまないセフィアス……これも国のためだ」
(一体どれだけ謝れば気がすむのだろう。いくら謝ったところで、実の息子を悪魔の生贄に差し出す罪悪感が消えるはずもなかろうに……)
アヴランジー王国の第一王子──セフィアス・ルーセルは、国王である父の苦渋の決断を憐れんでいた。
アヴランジー王国には、悪魔信仰により国難を免れてきた影の歴史がある。国が危機に瀕するたび、歴代の王族たちは生贄を捧げ悪魔を召喚してきたのである。
数百年にわたり召喚に応じてきた悪魔「ナキシム」は、国で最も美しい少年を生贄に望む──伝承をもとにこのたび宮廷魔術師によって選ばれたのは、他でもないセフィアスだった。
次期国王の身でありながら悪魔に魂を喰われる運命にあるセフィアスは、アヴランジー史上最も不運な王子といえる。
近衛兵たちがざわつきはじめ、じっと跪いていたセフィアスは顔を上げた。魔法陣から噴き出した黒い霧の向こうに、この世ならざるものが姿を現している。
(なんという禍々しさ。あの大きな口に放り込まれ、魂ごとひと飲みにされるというわけか……)
「悪魔ナキシム様! 我が国を破滅に導かんとする魔物の血を滅ぼし、どうか我が国をお救いください!」
『生贄はどこだ』
「はっ、そちらに!」
(やはり王たるもの、たとえ実の息子であろうと、多くの民の命とは天秤にかけるまでもないというわけか……)
父を誇らしく思う反面、あまりの潔さにいささか傷心したセフィアスだったが、すぐに気を取り直した。罪深き美貌が招いた運命を、自分も潔く受け入れようと。
(無力な王に代わり国難を跳ねのけ民を救う俺は、アヴランジー史上最も美しき英雄として語り継がれるだろう……)
死の淵に立たされているとは思えない不敵な笑みを浮かべながら、セフィアスは悠々とした足取りで魔法陣に踏み入った。視界が黒い霧に遮られていくなか最後に見えたのは、泣き崩れた王妃とそれを支える王の姿だった。
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