フィッツロレアード大公家③

1/1
前へ
/83ページ
次へ

フィッツロレアード大公家③

 ……俺は、今までキアラの何を見て来たのだろう。表面だけ見て、何も知ろうともしなかった…… ジョシュアからの報告を聞いた後のジルベルトは、いつ食事をして入浴を済ませたのかぼんやりとしか覚えていない程衝撃を受けていた。  ……俺はいつもそうなんだろう。人や物の表面しか見えてないから、キアラにあんな取返しのつかない事を…… ベッドの中で何度も寝返りを打つ。ジョシュアの報告によると、キアラにまつわるフィッツロレアード大公家とは。  『……ご存じの通り、フィッツロレアード大公家は風の精霊王と契約を交わした精霊人の一族です。ディスティニー・キアラ様ともう一人男の子、この双子で生まれる筈でした。大公夫妻は、それをとても楽しみにしておられましたが、代々大公家に伝わる占い師の予言で「双子の内、女の子の方は「破滅」というキーワードが見える。男の子の方は「幸運」の象徴、しかし、それは男の子が無事に生まれなければ始まらない」と告げられたそうです。代々よく仕えてくれている占い師ですし、その的中率も信頼に足る実力だったようですが、さすがに今回の予言には否定的な夫妻でした。ですが、御子が誕生した際……相当な難産だったようですが、生まれて来た際、ディスティニー様は健やかに、兄君の方は……お二人の臍の緒が複雑に首に絡みあって窒息死された状態だったそうです。再度、占い師の助言を仰いだところ「生き残った女の子は破滅の象徴、将来はとなって帝国全体を巻き込み処刑される。それを避ける為には、知識・教養・マナー全てにおいて完璧に近い状態まで高めると共に、高潔で思い遣り深く他者から憧れと尊敬を抱かせるような性格に育てるべし。万が一、この子が将来悪の象徴として処刑されるような事になっても大公家に火の粉が降りかからぬよう、家柄の力を借りずとも一人でも生き抜けるように教育すべし」と告げられたようです。運命(ディスティニー)光輝く(キアラ)というお名前は、「自らが運命を切り開いて光輝けるように」という願いを込めてつけられたようです』  同じ「運命」という単語でも、運命(フェイト)は避けられぬ不運な運命を暗示しているが、運命(ディスティニー)は希望のある運命を示す。占いと聞くと、西暦3xxx年でも? と思う人も多かろう。だが、『貧乏人は占いに縋り、成金は占いを馬鹿にし、大富豪は占いを活用する』という名言通り、|古より西洋、東洋問わず政治の影には占い師が暗躍しているものなのだ。その占い師は、決して表には出ず秘された存在として、ひたすら影に徹している。かくいうフォンヴォワール王家も、に所属している少数精鋭の占い師が活躍中だ。その占いをどう活用するかは皇帝に委ねられるのだが。  『……決して、夫妻はキアラ様に愛情が無かった訳ではありませんでしたが、占い師の的中率と信頼度を考えるとそれを無視するにはあまりにも無謀で。それが避けられぬ宿ならば、先ずは悪の象徴にならぬよう、外見中身共にになる事。それでも避けられぬなら……僅かな可能性をかけ、一人で生き残れるようにサバイバル術を身に着けさせる、という選択をされました。占い師を交え、一族で会議の結果、十三歳の社交界デビュタントまでは金額の援助をし、それ以降は自分のお金は自分で稼がせる。正し、一族の恥になる方法は言語道断、と早々と取り決めたようです。その為、表では愛情豊かな家族を演じ、家の中では無関心で冷淡な扱いで突き放す事をディスティニー様御本人、使用人諸共徹底させたようです』  ……誰でもない、大馬鹿者の俺が、その予言をさせてしまったんだな……  いくら愛情に裏打ちされた程度だったとしても、表では愛情たっぷりに。されどプライベートでは冷淡に突き放し、一人で何もかも出来るようにならざるを得ない。右も左も分からない子供の内から「あなたは将来帝国を破滅に導く悪女として処刑される運命の元に生まれたの。そうならないように最善を尽くしなさい。それでも避けられなかったら、我が家に頼らず巻き込まずに何とかして生き残って一人でも生きていけるような術を身につけなさい。あなたを愛していない訳ではない、これは一族とあなた自身の為に必要な教育なのだと思いなさい」などと言い聞かせられ、存在しないものとして冷淡に振舞われたら、それは辛くてしんどいだろう、とジルベルトは己に置き換えて考えて想像してみる。  幼い頃の自分には、なんだかんだと甘い父と母がいた。面倒見が良い乳母に周りを固めてくれる側近たちも忠誠を誓った上非常に優秀だった。そして何よりも、キアラがいてくれた。思い起こせば、いつもキアラは公の場ではそれこそツンとして近寄り難く見えるほどに淑女然としていた。けれども、二人だけの時はいつも朗らかで明るい笑みを浮かべていた。プライベートで、そんな事になっていたのを一切感じさせずに……  いや、果たして本当にそうだったろうか? 思えば、ごくたまにだけれど。ふと会話が途切れた際、ぼんやりと遠くを見つめるような眼差しをして居なかったか? 俺と母上がじゃれ合うような会話をしている際、ほんの一瞬だけ寂しそうに瞳が揺れなかったか? 町を歩く際、仲睦まじげな親子の姿を憧れるように見ていた時は無かったか? 初めてアンジェを紹介した時、諦めたように悲し気な眼差しで……  ……俺は、本当に馬鹿だ!!!…… 全身に冷水を浴びせられ、稲妻に脳天から貫かれたような衝撃が走った。ベッドから弾けるように飛び降りる。  ……キアラが、なものかっ!…… 「ヘイデンに会いに行くぞ! 出来るだけ早くだ」  オスカーとジョシュアに告げた。既に起きていた二人は、命令をすぐさまこなす為に空気に溶け込むようにして消えた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

345人が本棚に入れています
本棚に追加